ここのところ、

ふと思うことがあります。

 

それは、

『自分の変化』

ということについてです。

 

せっかくのお休みなので、

少し、話しは変わりますが、

最近の私のことについて、

お話しさせてください。

 

みなさんは、

若い頃と比べて、

何か変わったなと感じる部分は、

ありますでしょうか?

 

私はですね、

驚くほどに、

いろいろなことが変わってしまいました。

 

たとえば、

若い頃は、

夜更かしなんて余裕でした。

 

オールナイトで映画を見たり、

朝までお友達とおしゃべりしたり。

 

そんなこと、

平気でできていたんです。

 

では、いったい、

いまは、どうでしょうか?

 

問題は、ここからです。

 

なんと、

夜の十一時を過ぎると、

もう瞼(まぶた)が勝手に落ちてきます。

 

まるで、

『強制シャットダウン』

ボタンを押されたかのように、

ストンと眠気に襲われるのです。

 

これは、

単なる睡魔ではありません。

 

『身体からの警告』

なのだと、

私は真剣に思っています。

 

「もう寝なさい!」

という、

体内時計からの厳重注意なわけです。

 

そう考えると、

人間の体って、

本当に良くできているなと、

感心してしまいます。

 

若い頃の無茶を、

そっと回収してくれているような、

そんな気さえするのです。

 

こういうのって、

なんだか、

ちょっと面白いですよね。

 

それから、

食の好みも、

大きく変わりました。

 

少し、話しは変わりますが、

みなさんは、

どんな食べ物が好きですか?

 

若い頃の私は、

とにかく、

『肉』でした。

 

焼肉屋さんに行けば、

カルビを山のように頼み、

白いご飯をかき込む。

 

脂が乗っていれば乗っているほど、

美味しいと感じていました。

 

それが、

どうでしょう。

 

最近の私は、

『お豆腐』

の美味しさに、

心の底から感動しています。

 

冷奴(ひややっこ)を一口食べて、

「ああ、大豆の甘みがすごい…」

なんて、

しみじみ呟いているのです。

 

カルビを愛していたあの少女は、

いったいどこへ行ってしまったのでしょうか。

 

自分のことながら、

少し、

切なくなったりもします。

 

でも、

ここで、

新しい発見があるのです。

 

それは、

『素材の味』

というものの素晴らしさです。

 

昔は、

タレがたっぷりかかったお肉こそが正義でした。

 

でも今は、

シンプルに出汁(だし)の味がするお吸い物や、

お塩だけでいただくお野菜が、

最高にごちそうに感じるのです。

 

こういうのって、

やっぱり、

年齢を重ねたからこその、

『味わい』

なのではないでしょうか。

 

若い頃には分からなかった良さが、

少しずつ、

わかるようになってきた。

 

そう思うと、

歳を取ることも、

そんなに悪いことばかりではないなと、

思えてくるのです。

 

それから、

お出かけのときにも、

変化がありました。

 

せっかくの休日なので、

先日、

少し大きめのショッピングモールへ、

出かけてみたんです。

 

以前の私なら、

朝から晩まで、

端から端までお店を見て回っていました。

 

足がパンパンになっても、

「もっと新しい服を見たい!」

と、

意気込んでいたものです。

 

ところが、

今回の私は違いました。

 

モールに入って、

まず最初に向かったのは、

どこだと思いますか?

 

なんと、

『休憩スペース』

だったのです。

 

まだ一軒もお店を見ていないのに、

とりあえず座って、

温かいお茶を飲む。

 

「ふう…」

と、

深い溜息をつく。

 

私の目的は、

買い物ではなく、

『外の空気を吸って座ること』

に変わっていたのです。

 

これは、

ちょっと衝撃的でした。

 

モールに来た意味とは、

いったい何なのか。

 

自分でも、

少し、

分からなくなってしまいました。

 

でも、

そこで見渡す周りの景色が、

また面白かったんです。

 

私と同じように、

ベンチに座って、

ぼんやりしている方が、

たくさんいらっしゃいました。

 

隣に座っていたご婦人は、

買ったばかりのドーナツを、

ものすごく嬉しそうに食べておられました。

 

その横で、

旦那様らしき方が、

荷物をたくさん持って、

優しく微笑んでいる。

 

そういう光景を見ているだけで、

なんだか、

すごくほっこりした気持ちになったのです。

 

買い物をしなくても、

ただその空間にいて、

周りの様子を観察しているだけで、

十分楽しい。

 

思った以上に、

充実した時間だったなと思いました。

 

こういう時間の使い方も、

大人になったからこその、

贅沢なのかなと思います。

 

若い頃の私は、

「常に動いていないと損をする」

そんな風に思っていました。

 

予定を詰め込んで、

あちこちに移動して、

写真を撮って、

SNSにアップする。

 

それが、

充実している証拠だと、

信じ込んでいたのです。

 

でも、

今は違います。

 

何もしない時間、

ただぼんやりと景色を眺める時間。

 

そういう、

『空白の時間』

こそが、

一番の贅沢なのではないかと、

感じるようになりました。

 

人間って、

本当に変わるものですね。

 

もちろん、

すべてが変わったわけではありません。

 

甘いものを食べたくなるところとか、

お気に入りのドラマを見ると、

ついつい夜更かししそうになるところとか、

そういう部分は、

昔のままです。

 

変わった部分と、

変わらない部分。

 

その両方が絶妙に混ざり合って、

いまの私ができている。

 

そう考えると、

自分の歴史みたいなものを、

ちょっと愛おしく感じたりもします。

 

みなさんは、

最近、

自分の変化を感じる瞬間は、

ありますでしょうか?

 

「昔はこうだったのに、いまはこうだなあ」

と、

思わず笑ってしまうようなこと、

ありませんか?

 

こういう変化に気づくたびに、

私は、

「あ、ちゃんと歳を重ねているんだな」

と、

妙に納得してしまうのです。

 

それは、

衰えというよりも、

『進化』

に近いものなのかもしれません。

 

なんて、

ちょっと大げさに言ってみたりして。

 

でも、

本当にそう思うのです。

 

若い頃の尖っていた自分が、

少しずつ丸くなって、

今の穏やかな自分になっている。

 

そうやって、

人間は少しずつ、

大人になっていくのでしょうね。

 

次は、

どんな変化が待っているのか。

 

少し怖いような、

でも、

どこかわくくするような、

そんな気持ちだったりします。

 

また今度、

お出かけしたときに、

何か面白い発見があったら、

ここでこっそりお話ししますね。

 

それでは、

またお会いしましょう。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

みなさんは、

お出かけのときのバッグの中身って、

どんな感じでしょうか?

 

私の場合は、

昔に比べると、

荷物がどんどん少なくなってきた気がします。

 

若い頃は、

「あれも必要かもしれない」

「これも持っていたほうが安心だわ」

と、

まるで引っ越しでもするのかというくらい、

大きなバッグを持ち歩いていました。

 

パンパンに膨らんだバッグを肩にかけて、

肩を凝らせながら歩いていたのを、

今でも懐かしく思い出します。

 

でも、

最近はというと、

必要最小限のものを、

小さめのバッグにぽんと入れて、

身軽に出かけるのが好きになりました。

 

お財布と、

スマートフォンと、

ハンカチと、

リップクリームくらいでしょうか。

 

あとは、

お気に入りの文庫本が一冊あれば、

もう十分です。

 

こういうのって、

やっぱり年齢とともに、

好みが変わってくるものなのでしょうか。

 

荷物が軽くなると、

なんだか心まで軽くなるような気がして、

足取りも自然と弾みます。

 

身軽になるって、

こういうことなんだなあと、

一人で納得したりして。

 

そう考えると、

人生の荷物も、

だんだん減らしていけたらいいですよね。

 

若い頃は、

いろんなものを背負い込んで、

あれもこれもと欲張ってしまいます。

 

「ちゃんとしなきゃ」

「人からどう見られているだろう」

そんな余計な荷物を、

たくさん抱え込んでいた気がします。

 

でも、

少しずつ歳を重ねていくうちに、

「あ、これはもう持っていなくても大丈夫だな」

と、

手放せるものが増えてきました。

 

全部を完璧にこなそうとしなくても、

案外なんとかなるものです。

 

むしろ、

余白を持っていたほうが、

思わす素敵な出会いがあったり、

綺麗な景色に気づけたりするんですよね。

 

バッグの中身と同じように、

心の中の荷物も、

少しずつ整理していけたらいいなと思います。

 

そういえば、

先週末のことなのですが、

久しぶりに近所の大きな公園を散歩してきました。

 

お天気もすごく良くて、

絶好のお散歩日和だったんです。

 

せっかくなので、

お気に入りのパン屋さんで、

お気に入りのサンドイッチを一つ買って、

公園のベンチで食べることにしました。

 

こういうのって、

なんだかちょっとした贅沢ですよね。

 

高級なレストランに行くわけでもなく、

遠くまで旅行するわけでもないけれど、

秋の心地いい風を感じながら、

木漏れ日の下で食べるサンドイッチは、

格別においしかったです。

 

普段は、

家事や仕事でバタバタしていて、

なかなかゆっくり空を見上げる余裕もなかったりします。

 

目の前のことをこなすだけで精一杯で、

自分のペースを忘れてしまいそうになることも、

一度や二度ではありません。

 

だからこそ、

こういう何気ない休日の時間が、

私にとっては大切なんです。

 

ただぼんやりと、

風に揺れる木々の葉っぱを眺めたり、

楽しそうに走る犬の姿を目で追ったり。

 

特別なことは何もしていないけれど、

心がすーっと軽くなっていくのが分かります。

 

『心の洗濯』

という言葉がありますが、

まさにそんな感じでした。

 

汚れていたわけではないけれど、

日々の忙しさですこし曇ってしまった心が、

きれいな空気できれいに洗い流されていくような、

そんな感覚です。

 

みなさんは、

最近、

空をゆっくり見上げましたか?

 

忙しい日々を送っていると、

どうしても視線が下を向きがちになってしまいますよね。

 

足元の石につまずかないように、

時間通りに目的地に着けるように、

ついつい下ばかり見て歩いてしまいます。

 

でも、

たまには、

ぐっと背伸びをして、

空を見上げてみるのもいいものですよ。

 

空の青さが思った以上に広くて、

「あ、私、こんな広い世界に生きているんだな」

なんて、

当たり前のことを改めて感じたりして。

 

そういう小さな気づきが、

日々の生活を少しだけ豊かにしてくれる気がします。

 

大きな変化じゃなくていいんです。

 

劇的な出来事がなくてもいい。

 

いつもの日常のなかに、

自分だけの小さなお楽しみを見つけること。

 

それができたら、

毎日がちょっとだけ、

愛おしく思えるようになるのではないでしょうか。

 

なんて、

今日はなんだか、

少し語りすぎてしまいましたね。

 

いつもお付き合いいただいて、

本当にありがとうございます。

 

みなさんの今日のお出かけが、

素敵なものになりますように。

 

また、

おもしろいことがあったら、

ここでこっそりお話ししますね。

 

それでは、

またお会いしましょう。

ちなみに、

帰り道に、

ふらっとスーパーに寄ったんです。

 

今日の夕飯は何にしようかなって、

いつもの通路を歩いていたときでした。

 

ふと目に入ったのが、

旬のトマトだったんです。

 

それが、

なんだかやけに赤くて、

みずみずしくて。

 

「あ、これ美味しそうだな」

 

そう思った瞬間、

さっきまで見ていた空の広さと、

そのトマトが、

なぜかスッと自分の中でつながった気がしました。

 

こういうのって、

不思議ですよね。

 

大きな出来事があったわけでもないのに、

日常のふとした瞬間に、

心がフワッと軽くなる。

 

きっと、

自分の機嫌は、

自分で取ってあげるものなんだと思います。

 

誰かにしてもらうわけじゃなくて、

自分で小さな楽しみを見つけていく。

 

そんなふうに過ごせたら、

それだけで十分すぎるくらいですよね。

 

家に帰って、

さっそくそのトマトを洗って、

お皿に盛り付けてみました。

 

特別な味付けなんてしなくて、

ただお塩をパラパラとかけただけ。

 

でも、

それが、

想像以上に美味しかったんです。

 

「うん、これこれ」

 

一人で思わず声に出してしまいました。

 

こういう時間を、

これからも大切にしていきたいなと思います。

 

みなさんも、

もしよかったら、

今日の帰り道、

いつもより少しだけゆっくり歩いてみませんか。

 

もしかしたら、

思いがけない素敵な景色や、

お気に入りのものに出会えるかもしれませんよ。

 

それでは、

そろそろこの辺で。

 

また次のおしゃべりでお会いしましょうね。