お休みの日のことでした。
私は、
いつものように、
近所のスーパーへと出かけていました。
今日は、
特別にお出かけするわけでもなく、
ただ、
冷蔵庫の食材を補充するだけの、
ごく普通の休日です。
「せっかくのお休みだから、
ちょっと美味しいお惣菜でも買おうかな。」
そんな軽い気持ちで、
私は家を出ました。
お天気もよくて、
風が心地よくて、
まさに、
平和そのものの午後でした。
問題は、
スーパーの入り口をくぐった、
まさにその瞬間に起きました。
私の目の前に広がっていたのは、
見たこともないような、
異様な光景だったのです。
いったい、
何が起きたというのでしょうか。
それは、
『特売品』
という名の、
恐るべき魔物でした。
店内に入った瞬間、
空気が変わりました。
いつもは、
のんびりとした時間が流れているはずの空間が、
まるで、
戦場のような、
緊迫した雰囲気に包まれていたのです。
私は、
思わず立ち止まってしまいました。
これは、
一体どういうことなのでしょうか。
通路の真ん中に、
大きなダンボール箱が積まれていました。
その周りに、
たくさんの人が群がっています。
まるで、
貴重な宝物を探し求めるかのように、
みんな、
すごい勢いで手を伸ばしていました。
私は、
その圧倒的な熱気に、
少し圧倒されてしまいました。
こういうのって、
圧倒されますよね。
でも、
人間の心理というのは、
不思議なものです。
これだけ周りが盛り上がっていると、
自分も、
何かしなくてはいけないような、
そんな謎の義務感に駆られてしまうのです。
「もしかしたら、
私もしないといけないのではないか。」
そう思った瞬間から、
私の平和な休日は、
全く違う方向へと動き出しました。
では、いったい、
何がそんなにすごいのか。
近づいてよく見てみました。
そこにあったのは、
山のように積み上げられた、
『卵』
でした。
しかも、
普段の価格よりも、
ほんの少しだけ安いのです。
たったそれだけのことで、
人々は、
これほどまでに熱くなっている。
そう考えると、
なんだか、
人間の本質を見たような気がしました。
人間とは、
なんと健気で、
愛らしい生き物なのでしょうか。
私も気づけば、
その群れの中に、
すっかり溶け込んでいました。
「せっかく来たのだから、
私も一つくらい、
カゴに入れてもいいのではないか。」
そんな言い訳を、
心の中でつぶやきながら、
私は、
そっと手を伸ばしました。
まわりの主婦の方々の、
真剣な眼差しを見ていると、
生半可な気持ちでは、
この場にいられないような気がしてきます。
これは、
単なる買い物ではありません。
生き残りをかけた、
大げさに言えば、
小さな冒険なのです。
自分の手で、
その『特売の卵』をしっかりとつかみ取り、
自分の買い物カゴに入れたとき、
私は、
なぜか、
言いようのない達成感を感じてしまいました。
「やった。」
心の中で、
小さくガッツポーズをしたくらいです。
たった一つの卵のパックを手に入れただけで、
まるで、
大冒険を成し遂げたかのような、
そんな不思議な満足感に包まれました。
こういう時間って、
意外と大事なのかもしれません。
いつもと同じ日常の中に、
ほんの少しのスリルと、
小さな感動が隠されている。
平和な日常が、
ちょっとした出来事で、
ドラマチックに彩られる。
そういう瞬間に出会えたことが、
私は、
ちょっと嬉しかったのです。
無事に買い物を終えて、
レジを済ませて、
外に出ました。
外の空気は、
相変わらず穏やかで、
さっきまでの喧騒が嘘のようでした。
両手にぶら下げたエコバッグはずっしりと重く、
その重さが、
今日の戦果を物語っています。
家路を歩きながら、
私は考えていました。
明日からは、
この卵を使って、
何を作ろうかと。
卵かけご飯にするのもいいし、
オムライスにするのもいい。
そう想像するだけで、
なんだか、
心が温かくなっていくのを感じます。
大きな旅行に行かなくても、
遠くのテーマパークに行かなくても、
私たちの日常には、
小さなドラマが溢れているのです。
みなさんは、
どうでしょうか。
最近、
何か面白い出来事はありましたでしょうか。
きっと、
私たちが気づいていないだけで、
日常のあちこちに、
小さなドラマが隠されているのだと思います。
そう考えると、
明日からの毎日も、
少しだけ楽しみになってくるから不思議です。
次は、
どこのスーパーに行こうかな。
そんなことを考えながら、
私はゆっくりと、
家路を急ぐのでした。
家に着いて、
まずは買ったものを整理することにします。
エコバッグから、
一つひとつ取り出して、
キッチンのカウンターに並べていきました。
新鮮な野菜。
お気に入りの調味料。
そして、さっきの平飼いの卵。
こういう作業も、
私にとっては、
けっこう楽しい時間だったりします。
買ったばかりの食材を眺めているだけで、
なんだか、
豊かな気持ちになってくるのです。
お金を払って、
物を受け取る。
ただそれだけの行為なのに、
そこには、
ちゃんと物語があるんですよね。
今日は、
どんな物語だったでしょうか。
ちょっと早起きをして、
いつもと違う道を歩いて、
新しいお店を見つけて、
店員さんと少しお話しをして。
それは、
他人から見れば、
なんてことのない日常のひとコマかもしれません。
でも、
私にとっては、
かけがえのない時間なのです。
ふと、
リビングの時計を見ると、
午後の一時を少し過ぎたところでした。
お昼ご飯には、
まだ少し早いけれど、
さっき買ったパンを、
少しだけ食べてみたくなりました。
紅茶でも淹れて、
ゆっくり味わうのも、
いいかもしれません。
せっかくのお休みですから、
時間を気にせずに、
のんびり過ごすことにしましょう。
こういう、
何気ない平穏な時間こそが、
本当は一番贅沢なものなのかなと思います。
大きなことを成し遂げなくてもいい。
特別な体験をしなくてもいい。
ただ、
目の前にある小さな幸せに気づくこと。
それだけで、
私たちの毎日は、
十分に彩られていくのです。
お湯が沸くまでの間、
私は窓の外を眺めていました。
ご近所の庭の木が、
風に揺られています。
空は高く、
すっきりと晴れ渡っていて、
雲がゆっくりと流れていました。
季節は、
少しずつ進んでいます。
昨日と今日では、
何もちがわないように見えて、
確実に、
世界は変化しているのです。
そう思うと、
今というこの瞬間が、
とても愛おしく感じられてきます。
お湯が沸いたことを知らせる音が、
静かに響きました。
私はポットを持ち上げて、
お気に入りのカップに、
お湯を注ぎます。
ふわっと立ち上る湯気と一緒に、
紅茶のいい香りが広がっていきました。
こういう香りを嗅ぐだけで、
肩の力がスッと抜けていくのを感じます。
あぁ、
生きてるなぁって、
大げさかもしれないけれど、
心からそう思える瞬間です。
お皿に盛りつけたパンを一口食べて、
紅茶をゆっくりと飲みました。
うん、
やっぱり美味しい。
自分で選んで、
自分で買って、
自分で味わう。
このシンプルな営みの中にこそ、
人生の喜びが詰まっているような気がします。
みなさんは、
今日、
どんな味を楽しみましたか。
どんな香りに癒やされたでしょうか。
もし、
忙しさに追われて、
そんな余裕なんてなかったよという方がいたら、
ほんの五分だけでもいいので、
お気に入りの飲み物を飲む時間を作ってみてください。
きっと、
それだけで、
心がふっと軽くなるはずです。
私たちは、
いつの間にか、
頑張りすぎてしまう生き物ですから。
たまには、
自分を甘やかしてあげないとですね。
そんなことを考えながら、
カップの紅茶を飲み干しました。
さて、
一息ついたことだし、
そろそろ夕飯の準備を始めようかな。
もちろん、
メニューはすでに決まっています。
今日買ってきた卵を使った、
ちょっと贅沢なオムライスです。
ケチャップで、
上手にハートマークが描けるといいのですが。
失敗しちゃっても、
それはそれで笑い話になりますね。
どちらにしても、
きっと美味しい夕ご飯になるでしょう。
休日の夕暮れは、
少しだけ切なくて、
でも、
温かいものです。
明日からまた、
それぞれの日常が始まります。
仕事に行ったり、
家事をしたり、
またバタバタと過ぎ去っていく日々が待っていることでしょう。
それでも、
今日見つけた小さな幸せをポケットにしまっておけば、
きっと乗り越えられるような気がします。
道端の小さなお店も、
スーパーの新鮮な卵も、
窓から見える青空も、
すべてが私を応援してくれているような、
そんな気がするのです。
次は、
どこの街を歩こうか。
次に買うのは、
どんなお土産にしようか。
そんな小さな楽しみを胸に抱きながら、
私はエプロンを手に取りました。
台所に立つ私の足取りは、
思ったよりもずっと、
軽やかでした。
エプロンをキュッと結んで、
コンチキチンと包丁をまな板に当てる音を響かせます。
玉ねぎをトントンと刻んでいると、
さっきまでの楽しかったお出かけの余韻が、
ふつふつと蘇ってくるんです。
こういうのって、
やっぱりいいですよね。
お出かけそのものも楽しいけれど、
そのあとにやってくる、
こういう日常の時間も、
同じくらい大切なんじゃないかなと思います。
みなさんは、
どうでしょうか?
お休みの日のあとのご飯作りって、
ちょっと面倒だなと思うこともありますよね。
疲れているし、
早く横になりたいなと思ったりもします。
でも、
今日みたいに、
心が満たされている日は、
不思議と手もよく動くんです。
玉ねぎの甘い匂いが、
キッチンいっぱいに広がっていきます。
ジューッという音を立てて、
フライパンの上のバターが溶けていく。
それを見ているだけで、
なんだか胸がいっぱいになるから不思議です。
生きているなあ、
なんて大げさなことを考えてしまったりして。
でも、
本当はそんなものなのかもしれません。
特別な何かがあるわけじゃない。
大きな出来事があったわけでもない。
ただ、
いつもより少しだけゆっくり歩いて、
いつもより少しだけ周りをキョロキョロと見てみた。
それだけのことで、
日常の景色が、
まったく違って見えてくる。
問題は、
私たちの心の持ちよう、
ということになるのかもしれません。
忙しい毎日に流されていると、
どうしても視野が狭くなってしまいます。
目の前の家事に追われて、
子どものことや仕事のことで頭がいっぱいになって、
自分の心を感じる余裕さえなくなってしまう。
そういうことって、
誰にでもあるのではないでしょうか。
私も、
気がつくと眉間にシワを寄せながら掃除機をかけていたりします。
早く終わらせなきゃ。
あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。
そんなふうに、
自分を追い込んでしまうんです。
でも、
たまには立ち止まってもいいんですよね。
立ち止まって、
空を見上げて、
美味しいものを食べて、
「あ、これ好きだな」って感じる。
そういう時間を持つだけで、
ギスギスしていた心が、
ふっと柔らかくなるんです。
それは、
まるで固くなったパンを、
温かいスープに浸したときみたいに。
ゆっくりと、
水分が染み込んでいくような感覚です。
そう考えると、
お出かけというのは、
単なる気晴らしではないのかもしれません。
自分の心に、
優しさを補給するための、
大切な儀式のようなものなのかなと思います。
我が家のオムライスは、
昔ながらの薄焼き卵で包むタイプです。
最近流行りの、
トロトロのオムライスも美味しいけれど、
やっぱりこの実家のような形が落ち着くんです。
チキンライスをクルリと包んで、
お皿にパタンとひっくり返す。
うまくいくときもあれば、
卵が破れちゃうときもあります。
今日も、
ちょっとだけ端っこが破れちゃいました。
でも、
こういうのも愛嬌ですよね。
ケチャップで、
えいやっとハートを描いてみます。
うん、
なかなか可愛くできた気がします。
こういう小さな成功体験だけでも、
なんだか嬉しくなってしまうから単純ですね。
食卓に運ぶと、
家族が「わあ、美味しそう!」と声を上げてくれました。
「今日ね、素敵なお店を見つけたんだよ」
そう言いながら、
今日あった出来事を、
おしゃべりし始めます。
あそこのパンが美味しかったこと。
道で見かけた猫が可愛かったこと。
風がとっても気持ちよかったこと。
私の話を聞きながら、
みんなも美味しそうにスプーンを動かしています。
こういう時間こそが、
私の求めていたものだったんだなあと、
改めて実感します。
特別な旅行じゃなくてもいい。
海外の遠い街に行かなくてもいい。
いつもの街の、
いつもの散歩道の延長線上に、
ちゃんと幸せは転がっているんです。
それを拾い集められるかどうかは、
自分次第なんだろうなって思います。
明日からはまた、
お弁当を作って、
洗濯物を干して、
バタバタとした日常が戻ってくるでしょう。
もしかしたら、
またイライラしちゃうこともあるかもしれません。
「もう、どうしてなの!」なんて、
子どもを叱ってしまう日もあるでしょう。
でも、
そんなときは、
今日のこの夕焼けや、
オムライスの温かさを思い出したいなと思います。
ポケットにしまった小さな幸せを取り出して、
自分の心をそっと撫でてあげたい。
そうすれば、
きっとまた笑顔に戻れるはずです。
お皿の上のオムライスから、
湯気がふわりと立ち上っています。
さあ、
みんなで温かいうちにいただきましょう。
今日はどんな夢を見られるかな。
そんなことを考えながら、
私も席につきました。
また今度のお休みも、
晴れるといいな。
今度は、
どこの駅で降りてみようかな。
そんな胸の弾みを大切にしながら、
静かな夜が始まっていきます。