電車の中は思ったより空いていた。車両の中には殆ど人の姿はない。夜雨と花は緑色の長い座席の真ん中あたりに並んで座ると、言葉も交わさず、ただぼーっと窓の外に見える灰色の空を二人一緒に眺めていた。
今朝はいつも以上に冷え込んだ。もしかしたら明日のクリスマスは雪になるかもしれない。
夜雨は軽く目だけで隣の花の様子を観察する。
部屋の中であれだけはしゃいでいた花は外に出た途端人が変わったように大人しくなった。口数も減り、勝手に動き回ったりもしない。
それはいつものことなので夜雨はあまり気にしない。ただ、その手だけは絶対に離さないと決めていた。
二人は部屋を出てからずっと手を繋いだままだった。それもいつものこと。
何かルールが存在しているというわけではなくお互いの呼吸と鼓動で決まる行為。夜雨と花が一緒に暮らし始めてもう三年の月日が経っている。そんな二人にとって、それくらいの以心伝心は造作もないことだった。
夜雨は制服の上に山吹色のセーターという普段の格好で、その上には焦げ茶色のダッフルコートを羽織り紺色のマフラーを首に巻いていた。足元には栗色の革靴を履いている。髪はお風呂上がりに少しドライヤーで少し乾かしただけであとは何もしていない。
花は水色のワンピースに黒のニーソックス。白いふかふかのコートを着て、白くて長いマフラーを首に巻いている。頭には白いニット帽をかぶり全身が殆ど白色で染まっている。その中で多彩な色彩で彩られた花柄のブーツだけが異彩を放っていた。この靴は花の真夜中入団を祝ってメンバー全員でお金を出し合って花にプレゼントしたものだ。以来花は特別な理由でもない限り、外出するときはこの靴を履いている。
真っ白に染まる人形のような女の子。
そんな雨森花はあまりにも特殊であまりにも目立つ存在だった。目立つことを恐れ、常に自分を世界の中に溶け込ませて生きてきた夜雨とは真逆の存在。それが雨森花だ。
そんな二人がなぜ昼間から一緒に出かけることができるのか?それには理由がある。一言で説明するとそれは花の魔法のおかげだ。
花の魔法によって、花の姿を直接目で見ることのできる人間は限られている。それどころか大多数の人間は花がそばにいてもその存在に気がつくことすらできない。
真夜中ではこの魔法に『透明になる魔法』もしくは『透明魔法』という名前をつけて呼んでいる。
透明魔法のおかげでこうして花は堂々と外を出歩くことができるのだ。ただし透明魔法は万能というわけではなく問題も多くある。一番厄介なのは花が自分の意思で透明魔法を唱えているわけではないということだ。
夜雨の理解している範囲で花のことを認識できた人物はたった三人だけ。そのうち二人は夜雨の仲間でそれぞれ『青猫』『百目』と名乗っている真夜中のメンバーだったが、問題はもう一人。
花のことを知っていて、真夜中に所属せずに帝都を動き回っている奴がいる。
そいつがもし、ドジを踏み帝都警察に捕まったりしたら、花の居場所が警察にバレる恐れがある。逃げ切る自信はあるが、居場所がなくなるのはまずい。それに数少ない夜雨の関係者に迷惑をかけることにもなるだろう。できればそんな事態は避けたい。
「花、今日はどう?魚は見つかった?」
花は夜雨の言葉に顔を左右にブンブンと振って『見つからない』という合図を送った。
「そうか」
それだけ呟くと、夜雨はもう何も喋らなくなった。
静かな時間だけが二人の間を流れていく。