「とりあえず今日は俺のベット使って寝てよ。俺は床の上で寝るからさ」
「いいんですか?」
花は申し訳なさそうに眉をひそめる。
「構わないよ。それと細かいことは後々決めるとして、とりあえず花はどのくらい俺と一緒に暮らしたいの?」
「えっと、できれば、このままずっと、ここで暮らしたいんですけど、、ダメ、ですよね?」
「いや、別に全然ダメじゃないよ」
ワケありなのはもちろん承知しているし、花に聞く前からまあ、そうなってもおかしくないと思っていた。それを覚悟して俺は花に家に来ていいと答えたのだ。でも、それはそれとして、やはり本人からどうしたのかは聞いておく必要があると判断したから聞いただけだ。
「ただ一つだけ条件がある。いや、条件というよりは必然なんだけど、、」
「なんですか?」そう言って花は可愛らしく首を傾げた。
「ここは国が俺みたいな両親のいない未成年のために用意してくれている施設の一部で、俺の所有物じゃないんだ。勝手に誰かと一緒に住んだりなんかはもちろんできない。だから花にはこれから自分の存在を周囲の人たちから隠してもらいたいんだよ。特に、どんなことがあっても管理人さんにだけは見つかっちゃダメだ。ここを追い出されちゃうからね」
俺が身を乗り出してそう言うと、花は『わかりました。任せてください』と胸を張って僕に答えた。それから『隠れるのは得意なんですよ』と小さい声で一言付け加える。
「じゃあ俺、ちょっと勉強してから寝るから、花は先に寝ちゃっていいよ」
俺は窓際にある机に移動して、椅子に腰掛ける。いろいろあって疲れているけど、だからと言ってサボるわけにもいかない。明日の予習と、それから今日の分の課題を終わらせないと、、。まず机の上に置きっぱなしのノートパソコンを起動させる。棚からいつくかの教材を取り出し空いているスペースに並べる。鞄の中から教科書とノート、それに筆箱を取り出して俺は勉強を始めた。するとすぐに周りの何もかもが気にならなくなった。これはある意味、一種の逃避だと思う。勉強している間だけは、何もかも忘れることができた。自分は今学生で、学問を学ぶことが本質である。そう国が決めてくれた。だからこれは誰にも文句を言われる筋合いのないとても正しい行為なのだ、と自分に言い聞かせることができた。つまりとても心が楽になるのだ。正しいことがこの世にないことは、俺も薄々気がついてはいた。でも、それを探すのは面倒だったし、とても体力を消耗する作業だった。だから、外部からこれが正解です、と言ってくれるのは正直ありがたかった。少なくとも俺には自分探しなんかしているほど、余っている力も時間もなかったからだ。
背後でドアの開く音がした。花が歯を磨きにいったのだろう。それが俺が自分の殻の中に逃げ込む前に聞いた、最後の外部の音だった。あっという間に時間が過ぎて、時計を確認すると二時間くらい経過していた。まずまずいい出だしだ。これなら後一時間もしないうちに課題を終わらせることができそうだ。俺は軽い休憩とコーヒーを飲むために椅子を引いて立ち上がる。するとさっき同じ場所、テーブルの向こう側に花がじっと座ったままこっちを見ているのがわかった。お風呂上がりの暖かさはもうそこにはなく、花の体は冷え切っているように見えた。俺と視線が合うと、にっこりと花は笑った。