俺はこの場所でたくさんの本を読んだ。
時間はいくらでもあったし、本も同じくらいたくさんあった。
おれが時計屋と名付けたこの場所は、元々この街の図書館だった建物だ。地上に出ている展示用の空間には本は一冊も残っていなかったが、俺の予想通り、地下を探してみると、そこには数え切れないくらいの本がきちんと保管されていた。
俺にはそれらの中から適当に本を引っ張り出しては読む、という行為を何年も続けた過去があった。
今になって思い返してみると、それはとてもほろ苦く、とても微笑ましい経験なのだが、それでも当時の俺は真剣そのものだった。
現実逃避、だったのかもしれないな。
目の前で夢中になって本を読んでいるみちるを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
みちるが俺の視線に気がついて顔を上げる。
「これ、川の話が載ってます」
「川?どんな川の話」
「川はいつもと同じように見えても、同じ川ではない、という話です」
「ああ、それか」
まあ、この部屋にあるんだから、当たり前の話なんだが、その本を俺は読んだことがあった。
「どういう意味なんですか?」
俺はその本の内容をかいつまんでみちるに説明する。
世の中に常はない。
世界は毎日、あなたの目覚めとともに生まれかわり、あなたの眠りとともに消えてしまう。
今日と同じ世界は今日しか存在しない。
しかしそれを悲しむ必要はない。
それはあなたも同じことだから。
昨日のあなたと、今日のあなたは別の人。
今日のあなたと明日のあなたは違うあなた。
今日のあなたは今日にしか存在しない。
だからあなたは今日のことだけを考え、今日一日を全力で生きれば良いのです。
俺の説明を聞き終わると、みちるは難しい表情を見せた。
「私には難しくてあんまりよく理解できません」
「まあ、これは簡単な説明だからな。それに意味としては、今日一日を世界最後の日だと思って毎日を全力で生きろってことだし、別に難しい話じゃないだろ」
みちるはうーん、そうですかね、と唸ってあまり納得した様子ではなかった。
俺は時刻を確認する。
そろそろ、雫と花が家に帰ってくる頃だろう。
「みちる」
「はい。なんですか、栞」
みちるは本を物色している最中だった。
「そろそろ家に帰らないか?本ならいつでも読める。ここにはみちるの好きな時に出入りしていいからさ」
「本当ですか?」
帰る、という言葉を聞いて、名残惜しそうにしていたみちるは好きな時に本を読みにきていい、という俺の言葉を聞いて瞳を輝かせる。
「本当に、いつ来てもいいんですか?」
「ああ、いいよ」
みちるはとても喜んだ。
そんなみちるを見て、いい傾向だと、俺は思った。