空は青く、とても高い。
太陽は眩しく天上に輝いているが、塔の前で確認した時よりも幾分か傾いて見える。袖をめくって時計を確認すると、時刻はすでに15時を過ぎていた。
「あ、兄さん、それ腕時計だよね。どこで見つけたの?」
「星屑で拾った」
「いいなー、僕も探してたのに」
俺は最後のサンドイッチを口の中に突っ込むと、それをコーヒーで喉の奥に流し込んだ。
「美味かった」
「本当?なら良かった。結構急いで作ったから、あんまり自信なかったんだ」
俺はベンチから立ち上がると軽く背伸びをする。腹も一杯になったし、そろそろ行動を開始してもいい頃合いだろう。
「雫、今から別行動するぞ」
「え、なんで?」
お弁当をかたずけていた雫が俺の言葉に驚いてその行動を止めた。
「少し確かめたい事があるんだ。だから俺はもう一度、塔に戻る」
「塔に戻るって、一人で?」
「ああ」
「そんな夜雨、危険です」
雫より先に照子が心配そうな声を上げた。確かに照子の話を聞いた感じだと、塔はかなり危ない場所の様だ。本来なら、なるべく近づかない方がいいだろう。
しかし、俺には照子とは違う俺個人の目的があった。
「俺一人なら問題ない。照子が一緒じゃなきゃ、塔に近づいても大丈夫なんだろ?」
「それは、そうだと思いますけど、でも、塔が危険な場所である事には変わりありません。そんな場所に夜雨を一人で行かせるなんて賛成出来るはずないじゃないですか」
「僕も照子と同じ意見だよ、兄さん。今日はもう三人で家に帰ろうよ。それからみんなで作戦を考えばいいじゃないか。照子も全部じゃないけど、思い出した事もあった訳だし、今日の成果はこれで十分だよ。ねえ、照子」
「ええ、私もそう思います。それに時間がたてば私の記憶だって今よりはっきりするかもしれませんし、無理する必要はありませんよ」
案の定、俺の提案は通りそうもなかった。
雫は勿論だが、照子も塔の映像がきっかけになって幾つかの記憶を取り戻してからは、あれほど塔に行きたいと叫んでいたのが嘘のように慎重派に転向してしまっている。
まあ、反対される事自体は初めから予想していた事だったし、それほど問題がある訳でもない。
そもそも俺は照子が塔で何かを思い出しそれによって塔の中に入る事が出来たとしても、今の様に出来なかったにしても、タイミングを見計らって二人とは離れて別行動をするつもりだった。
多少塔が俺の予想を超えて危険なエリアだった事が判明したとしても、今更計画を変えるつもりはなかった。
「今はあまり詳しい事は話せないが、俺に少し考えがあるんだ。それを本当に実行する事が出来るのか、今の内に幾つか確かめておきたい事があるんだよ」
「なんで今話せないの?仮に確認するにしても、三人で確認すればいいじゃないか」
「照子が塔に近づくのは危ないんだろ?なら照子は一緒にはいけない。照子を一人にする訳にはいかないんだから、照子を守ってやる必要があるだろ」
「まあ、そうだけど」
「それは俺の役目じゃない。雫、それはお前の役目だ」
「でも、、」
「あの、私、別にここで待っていてもいいですよ」
「それはダメだ」
「それはダメだよ」
俺と雫はほぼ同時に照子の提案を拒否した。
「すみません」
照子は俺たちに同時にダメだと言われ、ベンチの上でしゅんとしてしまう。
「あ、ごめん、照子。落ち込まないで」
雫がすぐに照子のフォローにはいる。
「もう、兄さんが変な事言い出すから、いろいろややこしくなるんだよ」
雫はリュックに取り出した物を全て詰め終わると、それを背負い慣れた手つきで照子を優しく頭の上に乗せた。
「じゃあ、みんなで帰るよ。変な事言うのはなしだからね、兄さん」
雫は駅に向かって歩き出した。
しかし、俺はその場を動こうとはしなかった。
「雫」
「何?」
「お前は俺の事、どう思っている?」
「どうって、何が?」
俺は真剣な眼差しで雫を見つめた。
風が吹いてる。
とても気持ちのいい風だ。
「兄さん?」
俺はゆっくりと雫に近寄ると、そっと雫の頬に片手で触れた。
「お前、大きくなったな」
俺の記憶の中にいる雫はいつまでも子供のままだった。
でも、現実の雫はもう子供ではない。
至らない点は沢山あるが、立派な青年に成長していた。
体が弱いのは相変わらずだが、力も強く、頭も良くなった。優しく、行動力があり、俺に反論するくらい自分をしっかりと持っている。
それでも、やはり俺にとって雫はとても小さな子供だった。
俺の頭の中の雫はいつも泣いている。
その涙を止めてやりたい。
心の底から、俺はそう思っていた。