雫の夢 | amesekaiのブログ

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電車は全く揺れなかった。

何回乗ってもやっぱり落ち着かない。電車が嫌いではないけど、なんていうか、もっとレトロな電車が好きだった。今乗っている電車は、僕の知っている電車ではなかったのだ。鮮麗されすぎていて、まるで玩具みたいに僕には思えた。

「速いですねー。電車って何だか乗ってるだけでワクワクすますよね」

照子はそんな事を言いながらとても楽しそうにはしゃいでいる。

僕は正面に座っている兄をチラッと盗み見た。兄はずっと瞳を閉じている。中央駅に着くまで、起きるつもりはないらしい。

「雫、どうかしたんですか?」

「どうって、何が?」

「駅についてから元気がないように見えますよ」

「そう?別にそんな事ないよ」

「ふふ」

「どうしたの?」

「さっきと立場が逆になってしまいましたね」

確かに照子の言う通りだった。照子に心配された事で、僕の顔がちょっとだけ熱くなる。

「私、さっき街を歩いていた時、実はすごくショックを受けたんです」

照子は素直に自分の本音を話してくれた。僕の気持ちが沈んでいたので、照子も自分の気持ちを僕に話す事で、僕の悲しみを和らげようとしてくれたのだろう。

悲しみを共有し、それを二人で背負いませんか?という照子の提案だと受け取る事も出来る。

「僕もだよ。僕も、最初に街を見た時はショックだった」

あんな現状を見れば、大抵の人はショックを受けるだろう。でも、それでも僕たちはこの街で生きる事を選んだのだ。それは照子も同じ筈だ。

「私、街の状況を知っていたはずなのに、いつの間にか、街の記憶をなくしてしまっていたんです。だから、本当に驚きました。それから、すごく悲しくなって、それで、、」

「照子、無理に話をしなくてもいいよ」

僕は照子の提案を拒否する事にした。とても嬉しかったけど、僕は照子にそこまで甘える事は出来なかったのだ。それには理由があった。

「でも、、」

「兄さんも寝ちゃったしさ、僕たちも少し寝よう。実を言うとね、昨日は興奮して、あんまり眠れなかったんだ」

「、、そうですね。そうしましょうか」

少し不満そうだったが、照子は僕の提案を受け入れてくれた。

「おやすみ、照子」

「おやすみなさい」

僕は兄と同じように手すりに体を預け、瞳を閉じた。

昨日眠れなかったのは本当の事だった。目を瞑るとすぐに眠気を感じた。冷房が効いていた事もあるかもしれない。

僕は頭の中で、照子と出会った時の事を思い出していた。照子は僕と初めて会った時、僕に『箱を探して欲しい』と言った。

その時の事を、照子本人は覚えていないようだった。

照子はすぐに気を失ってしまい、僕は照子を連れて急いで家に帰った。それから照子はずっと眠り続けていた。照子が意識を取り戻したのはつい昨日の事だ。

一週間近く、照子は眠り続けていた事になる。心配しない方がどうかしている。それに、体調以外にも気になる事があった。

それは照子の記憶だ。

照子の言葉は、どこかチグハグだった。しかもその事実に、照子本人は気がついていないようだ。兄は照子に記憶の事を確認するのはもう少し後にした方が良いと僕に言った。

僕も兄の意見に賛成だった。

それが、さっき照子の優しさを僕が受け入れなかった理由だ。

沢山の思い出を、照子と共有するのは後でいい。照子が元気になってからでいいのだ。今はこうして、照子と一緒に街をゆっくりと散歩して、色んな街の風景を眺めていればいい。

無理をする必要はない。

照子はようやく会えた僕の初めての友達なんだから。

今はこうして、僕たちの思い出を一つ一つ重ね合わせていけばいいんだ。

「すー、すー」

頭の上から、可愛らしい寝息が聞こえてきた。どうやら照子も眠ってしまったようだ。

僕も眠ろう。

照子の寝息をかすかに聞きながら、僕の意識は少しずつ闇の中に溶けていった。しばらくすると、僕の意識が溶け込んだ闇の中に、いつの間にか小さな白い光が浮いていた。

これは夢だろうか?

すでに僕の意識は拡散して薄くなり、はっきりとした形を持っていなかった。それでも、曖昧な意識の中で僕はその白い光を雪だと認識した。

きっと照子の事を考えていたからだと思う。白くて、小さくて、冷たい照子の事を、僕はまるで雪のようだと思っていたからだ。

僕は情報でしか知らない雪を、頭の中でなるべく正確に思い浮かべてみた。

季節は冬。

時刻は夜。

空から沢山の雪が降り続いている。

なぜ夜なのかは、僕にも分からない。でも、僕のイメージした世界はなぜか夜だった。黒い世界が、少しずつ白色で埋まっていく。

あたり一面が、雪で一杯になる。

僕は雪の上を歩いていく。

でもそれは僕であって僕ではない。僕の意識は空の上にあった。僕は僕の姿をした人物を、空の上から眺めている。

その先に一人の女の子が立っていた。

照子だろうか?

僕がゆっくりと女の子に近づいていく。

あれは、きっと照子だ。

僕にはなぜか確信があった。きっと頭の上で寝ている照子の夢が、僕の夢と混ざり合ってしまったのだ。

僕は照子の顔が見たかった。

照子の姿を、きちんと僕の中にしまっておきたかった。

僕が照子に近づいていく。

照子はぼくに背を向いていた。

まだその顔を見る事は出来ない。

僕の手が、照子の背中に伸びる。

「照子」

僕は照子の名前を空の上から呼んだ。

僕の声がちゃんと聞こえたのだろうか?

大地の上に立っている照子は、ゆっくりと僕の姿をした人物の方を振り返った。

二人の表情は、空の上にいる僕からは見えない。