【起稿2026年1月23日記事】
おはようございます🙇
今朝も東京は晴れていますが、冷え込んでいます🌬️😖
加藤一二三九段は、1940年1月1日に福岡県嘉穂郡稲築村(現・嘉麻市)で生まれ、1954年に14歳7か月で当時の史上最年少棋士(2016年に藤井聡太六冠が更新)かつ史上初の中学生棋士となりました。
その後、順位戦デビュー(C級2組)からA級まで4年連続でのストレート昇級を果たし最年少A級昇級(18歳3か月、藤井聡太六冠も及ばず)を果たし、「神武以来の天才」と呼ばれ、以降は1950年代、60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代の各年代で最高峰A級を記録し、2017年に77歳で引退されるまでに通算1,324勝1,180敗という戦績を残されました。

また、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、谷川浩司十七世名人、羽生善治九段等と数々の名勝負があり、記憶に残る棋士でもありました。
私は将棋も好きですが、残念ながら、加藤一二三九段の若い頃はリアルタイムでは見てません。
②若干20歳の新進気鋭の谷川浩司棋士の「光速の寄せ」に屈した1983年名人戦
...ですかね。
加藤一二三九段の為にも、今年のW杯で日本代表には良い成績を残して頂きたいですね🙏...
おはようございます🙇
今朝も東京は晴れていますが、冷え込んでいます🌬️😖
話は変わりますが、昨日棋界の功労者加藤一二三九段が逝去されましたね😢
加藤一二三九段は、晩年のバラエティ番組で見せた愛嬌が有り、それでいて飄々とした言動で、私の娘達のような将棋に詳しく無い、若い世代にも広く知られ、「可愛いお爺ちゃん(失礼!)」と人気が有り、藤井聡太六冠と共に現在の棋界興隆に一役買った姿は記憶に新しいところです👴
しかし、加藤一二三九段の戦歴は凄まじく、まさに棋界のレジェンドと呼ぶべき棋士でいらっしゃいました🧒
加藤一二三九段は、1940年1月1日に福岡県嘉穂郡稲築村(現・嘉麻市)で生まれ、1954年に14歳7か月で当時の史上最年少棋士(2016年に藤井聡太六冠が更新)かつ史上初の中学生棋士となりました。
その後、順位戦デビュー(C級2組)からA級まで4年連続でのストレート昇級を果たし最年少A級昇級(18歳3か月、藤井聡太六冠も及ばず)を果たし、「神武以来の天才」と呼ばれ、以降は1950年代、60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代の各年代で最高峰A級を記録し、2017年に77歳で引退されるまでに通算1,324勝1,180敗という戦績を残されました。
「居飛車、棒銀」が特徴的で、「流行りの戦法があっても自身の棋理を重視する」という頑なところも有り、常に最善手を打とうとする為に「長考」の多い棋風でした。

※画像はイラストAC(https://www.ac-illust.com/)より引用しました。
また、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、谷川浩司十七世名人、羽生善治九段等と数々の名勝負があり、記憶に残る棋士でもありました。
私は将棋も好きですが、残念ながら、加藤一二三九段の若い頃はリアルタイムでは見てません。
しかし、1970年代から対局放映(再放送)や棋譜を時々見てきましたが、記憶に残っている勝負は...
①中原誠五冠(当時)に挑み勝利した1978年王将戦②若干20歳の新進気鋭の谷川浩司棋士の「光速の寄せ」に屈した1983年名人戦
...ですかね。
因みに私は、将棋は「振り飛車」党ですが😅「サッカー好き」、「鰻好き」という、加藤一二三九段との共通点が有りました⚽
加藤一二三九段の為にも、今年のW杯で日本代表には良い成績を残して頂きたいですね🙏...
この場にて...加藤一二三九段の御冥福をお祈りいたします✝️🛐
(加藤一二三九段はクリスチャンで洗礼名はパウロでいらっしゃいます。)