【起稿2026年8月11日記事】

私は、今日の午後、昨日に続いて、脳トレアプリ「ルモシティ」でトレーニングの後約30分昼寝し、その後は皆さんのブログをサーフィンしたり、自分の記事を起稿していました。

ブログ活動をしていたら、過去の皆さんとの交流を思い出し、自らの「志向」について改めて考える事となりました。

実はフォローしているみんつちさんのブログ記事の影響(人のせい?😅)で、戦国時代の武将と自らを重ねた妄想をしたせいでもあります😂

私は、「不公平・不公正な扱いを自らが受ける。」、「不公平・不公正な扱いを権力者・権威者がする。」、「不公平・不公正な扱いを仲間が受ける。」という事があると我慢がならず、相手構わず反駁してしまう、良く言えば「正義感が強い」、悪く言うと「書生じみた」ところがあります😣

これは...
①ひ弱であった幼い頃の同級生達への劣等感から醸成された抵抗心。
②優秀で最高のキャリアを持っていた父親からの抑圧に対する思春期の反発心。
③高卒就職した会社で、担当していた法務で培われたコンプライアンス意識。
...から私自身の中に形成された性格・志向であると分析しています。

戦国時代の武将イメージ(あくまで史実では無くイメージ)で言うと、「自らを引き立ててくれた豊臣家を護る為に立ち上がった石田三成」に通じる志向かと感じます。

しかし、おかしいのは、私は、歴史上人物として石田三成は大嫌いで、前に記事に書いた通り、徳川家康を敬愛している事です。

チャッピー作画
※背景と両将の姿、石田三成の旗の意匠に誤りが有ります🙍


また私は、いたって「体制的な人間」(秩序重視)で、思想は「新自由主義」に近く、日本の歴史を愛していて、かなり「保守的」です。

今までも「歴史の話(妄想😅)」シリーズ記事等で披露してきたように、私は長い歳月かけて形成された日本の国体を重んじますし、日本史(神話・伝承を含む)の出来事でも、私は例えば「天照大御神に対する素戔嗚尊の反抗」、乙巳の変、元弘の乱、戊辰戦争については、いずれも体制側推しです。

私は、「長い時間をかけて形成された秩序には、それなりの理由と蓄積がある。だから、それを破壊するなら、破壊する側には、それ以上に優れた代替秩序を構築する責任がある。」と考えています。

私の歴史観を、敢えて単純化して述べますと...
北条鎌倉政権は、元寇をきっかけに制度疲労が露呈していましたが、秩序を維持し、国を安定的に治めていました。
後醍醐帝以下は、これを無理やり倒した訳ですが、建武の新政は早々に内部崩壊し、権力を掌握した足利室町政権も、内部闘争を繰り返して、強い秩序を築けず、下克上

、戦国乱世を招きました。

また幕末、徳川江戸政権は、西欧諸国の相次ぐ来朝・開国要求をきっかけに、幕藩体制の限界を露呈していましたが、体制はまだまだ機能し、秩序を持って国を安定的に治めていました。尊王攘夷思想を背景に討幕運動へ向かった薩長を中心とした雄藩や志士は、これを無理やり倒した訳ですが、明治新政府は近代国家秩序を築いて、確かに日本を「世界の一等国」に導いたものの、「権力中枢の成り立ち」と「革命的な急激な改革」は、「藩閥」、「排外主義・皇国史観」という大きな歪みを遺し、「官僚機構の弊害」等と影響し合って日本を無謀な戦争へ向かわせる要因の一つとなったと考えています。


不公正は正す。
しかし、正すことを口実に秩序そのものを壊す事は許さない。
自分の正義についても、絶対視せずに、本当に正しいのか疑う。
そして、可能なら既存秩序の内部から修正する。

「不公平・不公正は許さない、しかし秩序破壊はもっと許さない。」

これが私の志向です。