【起稿2026年6月1日記事】

日付が変わりました🗓

今日の東京は、晴れて気温が上がり、猛暑日に迫る予報です🥵

さて皆さん、今日は「総務の日」だそうですよ😔

何か地味な印象の記念日ですが、「総務の日」は、日本で唯一の総務専門誌「月刊総務」を発行しているウィズワークス株式会社が制定したそうです。
日付は1963年のこの日に
「月刊総務」(当時の誌名は「総務課の実務」)が発行された事を記念しているようです。
「経営のサポート役からコンサルティング役へとその役割を変えている企業の総務部門の価値を問い直し、さらには、『総務』を盛り立てていく事」が目的だそうです☝

何故私がこの話題を取り上げたかと言いますと、私が高卒で、18才から昨年の離職まで働いたのは、他でもない会社の「総務」部門だったからです📝

だいたい会社の「総務」は「裏方の仕事」と言われ、「会社の顔」である事業部門や業務成績に直結する営業部門とは違い、まずスポットライトを浴びる事はありませんし、むしろ「総務」や「人事」がスポットライトを浴びるのはろくでもない時だけです😱

しかし実は「総務」の守備範囲は広く、結構大勢の人間が、分野に分かれて仕事をしています。
そうは言っても、会社の従業員のほとんどは、事業部門や営業部門に従事しているはずなので、この記事を読んでいる方で、会社員又はその経験のある方でも、「総務」とは何ぞや?と尋ねられても中々仕事内容まで分かる方は少なく思われます❔❔❔

私は、就労していた頃、他人に職を問われると、自嘲気味に「いやぁ...事務屋ですよ、事務屋。」と答えていました😅
私も長い経歴で、様々な分野を担当しましたが、今日は自らの思い出を振り返り
、一部を簡単に紹介いたします。(勿論、仕事の性質上、具体的事例は明かせません。)

私の担当した分野は、法務、施設・物品管理、情報システム管理がメインでした。

法務では、会社の業務運営上問題となるコンプライアンス確保・維持、社内規定の作成・制定、各種契約の起案・契約書作成、重要書類の法的審査を担当しました。
大学の法科はおろか、高校教育しか受けていない私は
、案件を回される都度、「六法全書」を始め、各種法律関係書籍を首っ引きで調べる日々でした。
今でも思い出すと胃がシクシク痛みます😵

法務担当イメージ

ナノバナナ2作画

そこへいくと、施設・物品管理は、高卒で社会の仕組みが分から無かった事が、逆に幸いし、毎日が驚きの連続で、勉強して新しい知識を得るのが楽しかったです😆
例えば、施設管理においては、建築基準法上の大規模建築物のあり方とか、工事修繕の施工方法、廃掃法・ビル管法の実際を学びました。
しかし、私は施工者では無い(資格も技術も無い事務屋😅)ので、何故勉強したかというと、行政や施工業者との交渉、仕様作成、完了検査、行政書類作成申請に知識が必要となったからです。
この辺りの経験は、脳卒中発病後の私の闘病生活に役に立った気がします✌

情報システム構築は、私の会社では、一部先行分野がありましたが、私が入社した直後の1980年頃のパソコン導入から、本格的に始まった新しい分野で、会社でも情報システム構築や情報システム管理の重要性自体認識している上司・先輩は少なかったのですが、私は、当時の部署から本社の研究開発部門にいらした理工系専門大学卒で他社からヘッドハンティングされた方の元で研鑽する事となり、前に記事に書きましたが、更に当時東京三田のNEC本社にあった研修センターに派遣されて、コンピュータのシステム設計やプログラミングを勉強し

、帰社後は、幾つかの事業部門、幾つかの部署では丸ごと情報システムを構築しました。
約10年間で、システム数にして8~10、プログラムは200~250本(ホスト機&端末機)を作り上げ、納期に追われると2~3日の連続徹夜はザラで、一月の超勤は150時間を超えていました😰
私は、コンピュータについても入社するまで、全く縁は無く、ある時直属の管理職に「私のような高校しか出ていない盆暗に、何故お鉢が回って来たのでしょう?」と、バカ正直に聞いた事がありましたが、答えは一言「うん、若いから😜」でした。
そりゃそうです。私は、18才で入社後数年以内でしたから┓( ̄∇ ̄;)┏

1980年頃のコンピュータルームと情報システム開発者イメージ

チャッピー作画
※磁気テープ(MT)を描いて貰おうとしたら、CGMTみたいになってしまいました...いっそ、パンチカードと紙テープが良かったかな?(誰も知らんか...)

私は、申し訳無いですが、この記念日の由来となった雑誌を読んだ事はありませんし

、存在自体初めて知りました😂

しかし、自らの思い出を記し、現在「総務」で奮闘されている方々へエールを贈りたくこの記事を投稿いたしました🙇