【起稿2026年4月3日記事】


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この記事には、一部私の推論(妄想😅)を含みますので、ご寛恕下さい🙇

さて皆さん、アメブロさんの「今日はなんの日」の今日の推しネタは「あんパンの日」でしたなぁ😋

「あんパンの日」は、製パン業の木村屋總本店創業者木村安兵衛が、1875年4月4日に
向島水戸藩下屋敷へ、お花見に行幸啓された明治大帝と皇后両陛下に、あんパンを献上した事を記念し、株式会社木村屋總本店が記念日として制定しました☝

この1875年の出来事は有名で、私のブログに度々登場する幕末明治維新期の偉人で、私の父方祖母の実家と関係のある山岡鐵舟こと山岡高歩(やまおかたかゆき、1836年-1888年、江戸幕府若年寄格幹事、明治新政府従三位宮内少輔、子爵)が一枚噛んでいます👇


1875年4月4日の明治大帝皇后両陛下行幸啓の当時、鐵舟は侍従として大帝に仕えていました🧎

ここから「*」印の間の文章は私の推論を多分に含みます😁

*新政府は「文明開化」、「西欧化」の方針を掲げていましたが、その中で執り行われるこの世間注目の花見は、日本古来の「和風」文化で、鐵舟としては、世間に対して皇室が「和魂洋才」の範を垂れるべく、この行事に如何に西欧的要素を取り入れるか腐心していました🤔

花見には、休憩時の茶菓子が付き物ですが、鐵舟はこれに目を付けました💡
鐵舟には、かつて徳川幕府譜代桑名藩に仕え、共に剣術を学び、現在は東京市京橋区尾張町(現東京都中央区銀座)でパン屋を営む木村安兵衛という知り合いがいました。
鐵舟は、この木村安兵衛に相談する事にしました😏

※山岡鐵舟は、父が飛騨郡代を務めた旗本小野高福(「大阪夏の陣」功臣小野[岡部]吉正の末裔)で、母磯が常陸一宮鹿島神宮社家の出(塚原卜伝末裔)という素晴らしい血統を持っていますが、四男であった事から、父の死後、槍術の師山岡静山(高橋泥舟の兄)の婿養子となりました。


※木村安兵衛は、常陸の豪農の出身ですが、妻ぶんの弟定助は山岡鐵舟の友人であり、安兵衛と鐵舟は因縁浅からぬ関係なのです。
※この花見の数年前には、木村屋のパンは、芝功玉塾(築地海軍操練所の予科)に兵食として採用されていました。

鐵舟は大帝皇后両陛下ともに餡入り饅頭を好んでおられたのは、重々承知で、西欧式兵食として注目されていた携行性、保存性の高いパンに餡を詰めたあんパンを花見に献上する事は名案と考えたのでしょう。

実はこのあんパンは、安兵衛が町道場へ剣術を学びに通っていた頃に、江戸西方の多摩から稽古に来ていた浪士にもらって食べた西多摩、南多摩名物の「酒饅頭」をヒントに安兵衛と二男が作り出した「饅頭のようなパン」で、軽食としても、お菓子としても食せるものでした。

安兵衛は、あんパン完成時にいち早く鐵舟には、試食してもらいましたが、鐵舟は気に入ったようでした。


「酒饅頭と木村安兵衛の出会い」イメージ
チャッピー作画

新選組については👇


「日本古来のお花見で、仲睦まじくパンを食される天皇皇后両陛下」...これぞ「和魂洋才」のプロパガンダとして最高の演出でしょう。*

...という事で、「あんパン誕生には、新選組が関係していた。」という私の「とんでも話」はどうでしたかな?

因みに、私は、「こしあん派」で、私の好きなあんパンは、勿論東京銀座木村屋本店の「酒種あんパン(桜)」も好きですが、現在のイチオシは、東京浅草浅草寺裏の老舗製餡所「的場製餡所」のアンテナショップ「ホームベーカリーあんですMATOBA」の「こしあんパン」です😂