【起稿2026年2月27日記事】
日付が変わりました🗓
今日の東京は、曇天ですが雨は降らず、暖かい予報です☁😊☁
さて皆さん今日は、大正末期~昭和初期の歌人、教育者の穂積忠の忌日です。
穂積忠(1901-1954)は、静岡県大仁町(現伊豆の国市)三福の生まれで、中学の頃から短歌に興味をもち、北原白秋、折口信夫に師事し歌壇の人となりました。
伊豆の国市の城山
※画像はphotoAC(www.photo-ac.com)より引用しました。
その後東京の国学院大学に学び卒業しましたが、女学校教師を経て、1941年に伊東高等女学校校長として赴任し1948年までは、伊東に在住しました。
歌人としても、1939年に第一歌集「雪祭」を刊行、多磨賞、歌人協会賞を受賞する等活躍しましたが、中央歌壇とは距離を置いた活動だったせいか、没後に他の歌人、俳人のように忌日を記念した行事は、ありません。
尚、忠はあの俳優穂積隆信さんの父親です。
では忠の歌を紹介いたします。
壮年(サダ)すぎて
いまだ師をもつ
よろこびを
独り言ちつつ
昨夜(ヨベ)はねぶりし
(「叢」)
かなしみを
あへて言はねど
かなしみに
いきどほろしき
顔ふえきたる
(「叢」)
もの言へば
泣けくるものを
通夜ふけて
親しき友の
また一人着く
(「叢」)
※これらは、前述の折口信夫の病床、通夜に詠まれました。
鏡なす 月夜和多津美(つくよわたつみ) はてなくて 翔ぶ機の影ぞ
澄み移るのみ
(「叢」)
※「和多津美」は「綿津見」の事で、この歌では海原を意味します。
「静かな月夜の凪の海原を滑空する機影」を詠んだ不気味さがある歌です。太平洋戦争中なら、重要港湾等のある相模湾を夜間偵察に来襲した米軍機が飛ぶ情景でしょうか?
チャッピー作画
ゐたりけり
二人静の さみどりの茎
(「雪祭」)
※二人静(フタリシズカ)はセンリョウ科の多年草で
、日本各地で見られます。和名の「二人静」は、2本の花序を能楽「二人静」における静御前とその亡霊の舞姿にたとえたものです。
鎌倉幕府の実力者、北条所縁の伊豆の地と「二人静」という組み合わせが静御前の悲しい伝承を思い起こさせます。
二人静

静御前イメージ
