こんにちは~🙇
予報通り東京は、シトシト雨が降っています☔
フォローしている北海道のみんつちさんが今冬、お住まいのある札幌の降雪量について「年間の降雪量はだいたい決まっているから、初冬に降雪が少ないと、後から帳尻合わせでドカ雪になる。」と仰っていましたが、東京はそれほどでは無いにしろ、12月~2月は冬晴れ乾燥、3月、4月、5月下旬、7月上旬はグズグズ天気湿潤です😅
...という事で、今朝は雨に濡れるのは嫌なので、6時前のまだ薄暗いうちに、日課のゴミ出しをしました🌃
玄関に移動したゴミ袋

玄関外へ出しました

さあ、健手にゴミ袋を持って、ゴミ置き場の組立柵まで独歩します👊



こうして私が、ゴミ出しや食器片付け等の家事をする内容の記事をアップし、皆さんが読まれると、中には、「同居する若い娘にやらせれば良いのでは?」と思う方がおられるのではないかと思います🤔
確かに、たまには寒くて布団から出たくない日もあるし、気分が優れず休んでいたい日もあります😪😣
しかし、私としては前々から記事に書いている通り...
①何か、家族の役に立ちたい。あるいは、役に立つところを見せたい。
②リハビリ(作業療法)として実施したい。
...という気持ちも持っています😉
たまに私が家事をしているところに、娘が出くわす事があります。
娘は、私が家事を終えるのを黙って待って、最後に小さく「有難う。」と私に言います。
途中で手助けはしませんし、大袈裟に褒めたりも無しです。しかし家事をしている時に、私は背中に娘の優しい視線を感じています😊
「この感じ...?」
最近ふと、この娘との関係で思い出した事がありました。
それは、私が発病して以来の他界した妻との関係です👫
前から記事に書いていますが、妻は私より10歳年下でした。
出会ってから新婚位まで、私は若い妻が心配で、酷く過保護でしたが、ある時、酔って帰宅した私が妻に説教された事がありました。
妻は10歳年上の私に対して、静かに、理路整然と、諭すように話しました🙍
妻の説諭の内容はもっともでしたし、私への暖かい気持ちも伝わり、私は怒るどころか、妻の言葉、態度に感心して、それ以来私は、妻への考え、態度を改め、妻を対等な伴侶として考え、妻の言動等への過剰な介入を止めました🙅
その後時は流れ、一昨年私は、脳卒中を発病して障害者となりました。
その時、既にステージ4の癌であった妻は、自身も通院治療を受けていましたが
、自身が動け無くなった昨年9月の直前までは、パートや家事をしてくれていましたが、障害者となった私が、復職を目指し頑張っていた時も、家事を手伝っている時も、私から頼まない限りは、私がやっている事を代わりに行ったり、手助けをしたりする事は無く、無言で自身の用事を片付けていました👱
最近娘から受けた感じは、妻から受けていた感じと似ているのです。
妻も次女も、社交的で感情の明暗がはっきりしている長女と違い、物静かで大人しい性格です。
そんな次女が一昨日、妻宛の案件を処理した私に「私はなるべく、お父さんのしている事に、敢えて手を出さないようにしているんだ...」
と言いました😏
何か熱いものがこみ上げてきて、私は思わず次女に「有難う!」と言いました😄
次女は、私に対する妻の接し方を見習い、私を人間として尊重して、手助けを我慢し、私がより自立出来るように接してくれていたのです!

誤解が無いように書きますが、いつも書いているように、同じ脳卒中の後遺症でも、人により障害の部位、程度が違いますし、発病した後の期間等により、回復具合も違います😥
また、本人の生活環境、介護される家族と本人との関係も様々で、私の家族の在り方がどの家族にもふさわしいか分かりませんが、参考までに、医療、介護、障害者支援の基本理念は、法令や指針により...
接する者の尊厳の保持(本人を人間として尊重する)とされています📃
「人間として尊重する」という事は、「他動的に健常者らしい生活をさせる事」では無いと思います。
本当の意味は、「本人が受ける『苦しみ、悩み、悲しみ』を込みで本人の有り様と捉え、本人を主体に押し立てて、本人が自ら課題を克服しようとする力を支え、本人の歩みに力を貸すという事」だと思います☝