【起稿2026年1月31日記事】
日付が変わりました🗓
今日も東京は晴れますが、昨日同様に北風が冷たい一日となる予報です。
さて皆さん、今日は「愛妻の日」です💑
「愛妻の日」は、「愛妻家の聖地」を標榜する群馬県嬬恋村を本拠とする「日本愛妻家協会」が「愛(I=1)妻(31)」という語呂合わせから、1月31日に記念日制定したそうです☝

尚、「日本愛妻家協会」は、
「妻という最も身近な赤の他人を大切にする人が増えると、世界はもう少し豊かで平和になるかもしれない」という理念の元に2004年から活動しているようです。
「日本愛妻家協会」HP
(www.aisaika.org)
群馬県の西端に位置する吾妻郡嬬恋村は、浅間山、本白根山、四阿山に囲まれた人口9000人弱の山村で、現在、キャベツ等高原野菜の産地として知られています。

しかし、嬬恋村が「愛妻家の聖地」を標榜しているのは、近年各地で見かける「とって付けた」村興しネタとは違い、由緒正しい由来があります。
時代は上古、景行朝(歴史学で言うところの「空白の4世紀」頃の話ですね)まで遡りますが😨日本人誰もが知る伝説の英雄日本武尊の東征において...
日本武尊が相模から上総へ船で「走水の海」(浦賀水道観音崎~富津岬)を渡ろうとしたところ🛶荒波が起こり立ち行かなくなった為🌊同行していた尊の妃の弟橘媛は、犠牲となり入水して海を鎮めました👸
尊は無事に上総へ上陸しましたが、上総の津において、入水し行方不明となった媛をしばらく探し求めました。
しかし、七日目に浜に媛の櫛が打ち上げられ、尊は櫛を媛の代わりに葬り、諦めて東征の旅を続けました。
尊は陸奥で蝦夷を平らげ帰途につきましたが、毛国(現栃木~群馬県)から科野国に入る際に、碓日坂(現群馬県嬬恋村鳥居峠)にて、亡き妻を追慕のあまり「吾妻(あづま)はや...😢」とお嘆きになられた。
...との説話が伝わり、記紀に記述されています。
すなわち「嬬恋村」や「吾妻郡」の呼称は、日本武尊伝説に由来しているのです。
「愛妻の日」に因んだ自作短歌を詠んでみました...
嬬恋を
越えた科野は
雪の中
凍てた涙に
春まだ浅く
※私の亡き妻は長野県出身でした。
ご存知のように私の妻は昨年他界してしまいましたが
、チョコレート好きだった妻の為に用意したスイーツを妻の祭壇に供えました...
