【内容2026年1月25日記事】
さてさて、今日は「お詫びの日」という記念日も制定されています。
「お詫びの日」は、聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していたローマ王(ドイツ王)ハインリヒ4世(後の神聖ローマ帝国皇帝)が、1077年1月25日から3日間に及んで雪が降る中、カノッサ城門にて裸足のまま断食と祈りを続け、教皇に破門の解除と赦しを請うた中世ヨーロッパの大事件「カノッサの屈辱」に因んで制定されたようです☝
「カノッサの屈辱」は中世ヨーロッパにおける神聖ローマ帝国を含めたキリスト教国の世俗王権に対するローマ教皇権の優越性を高めた事件でしたが、その後のヨーロッパに、「カトリックの頂点ローマ教皇に対するドイツから興隆したプロテスタント」、「ビスマルクに象徴されるローマに対するドイツ人の拭えない歴史的屈辱感」といった爪痕を残しました📖
しかし、現代社会において「お詫び」は日本人特有の心情、作法とされ、欧米人は簡単に謝罪しないと言われます🙅
日本では毎日のように、ニュースで「お詫び」映像が流れます📺
私自身かつて何回か、部下の不始末により
、厳しい周囲の目の中で、ご迷惑をお掛けした相手に、「お詫び」を申し上げるしか無かったという忘れられ無い苦しい思い出があります😞
前回の北京冬季五輪のジャンプ混合団体で失格した時に、高梨沙羅選手から発表された悲痛な「謝罪文」を読んだ時も思いましたが、日本人の「お詫び」というのは、「自らの言動の正邪に対する評価」は脇に置き、贖罪の範囲を超え「果たせなかった責任に対する悔恨の念」を発露しているのだと理解しています😣
約5年前に現役を退き役職が無くなり、昨年脳卒中になり仕事も辞めてブラブラしている私は最早、「お詫び」するのは、自らの言動に不都合があった時だけで、昨日も歩行訓練の際に、いつもの倍の時間を要し、心配かけた次女に丁重に「お詫び」しましたが🙇...