( 観ましたか? 『今夜、ロマンス劇場で』 よかったですねぇ~。
綾瀬はるかさんは美しいし、シェネルの歌も良いし。坂口健太郎?
ああ、主役の俳優さんですね。わたし、男性には興味がないもので。
だからでしょうか、私の『今夜、ロマンスる劇場で』は最悪でした!
想い出は映画館とともにガラス越しにキス、ではなく塵芥に帰す、でした。
淡い想い出を汚さないで! それについては後編で …… )
『前編』
最近、興味深いニュースがもたらされた。
なんと、カブトムシのメスは一生に一度しか交尾しないということを山口大学の先生たちが発見したのだ。一般的に昆虫の多くのメスは複数回交尾するらしい。もちろんオスは言わずもがなで尻まくる、いや間違いました、しまくるのが使命である。
この発見を受けて、私も論文を書いてみようかなと思ったのだが、そのタイトルは
『カブトムシのオスは、なぜかくも猛々しいのか?』
つまりカブトムシのオスは、その巨体と風貌から「昆虫の王様」と呼ばれるが、気性が荒く、猛々しく、暴力的で、「なぜ、いつも怒ってんのれすか?」と疑問に思っていたのだが、やっとその理由がわかった。山口大学のおかげである。
つまり、この説をオス側から見れば非常にわかりやすいしおもしろい。メスが生涯に一度しか交尾をしないということは、つまりカブトムシのオスの多くはチェリーボーイ(童貞)である可能性が高いということだ。メスは、優れたオスを相手に選ぶ。ふさわしくないオスは後ろ足で蹴っ飛ばす。それでも無理やり……と、人間のように力ずくでの不同意性交はないようだ。交尾は未来に遺伝子を残す本能からであり、彼ら、いや彼女に遊びはないのだった。えらい!
だから、あぶれたオスは苛立っているのである。
だから、あぶれたオスは暴力的なのである。
例えば、彼らの生活圏内にオス5匹とメス5匹がいたとする。
このオス5匹の中に例えば「ピストン甲太郎」というイケメンで、頭のツノも太くて硬くて、その反りようも尾張名古屋は金のしゃちほこ状態で、ほぼ無双。色だって「いち黒、に赤、さん紫、よんピンク」で言うところの黒光りだ。こりゃメスであれば、いちのころで、結局、ピストン甲太郎がメス5匹と交尾してしまえば、残りの4匹のオスカブトムシは一生涯童貞のままである。
そりゃ、荒れるわ!
毎夜、森の中のクヌギの樹で繰り広げられる乱暴狼藉、鬼哭啾啾……。
「また、来よったな」と少し離れて見ていた老いたカミキリムシ。
「どないしましょう」とそばにいる瑠璃色のコガネムシ。
一匹のオスのカブトムシが、夜陰の中から飛来したのだ。
「おーら、どけどけ!」
ちょうど樹液がとーろとろと流れ出る蜜場にいた虫たちを後ろ脚で蹴散らかす。
樹液を吸っていたカナブンが闇の底へと落ちてゆく。ぁぁ~~!
一匹のオオクワガタはYマークのツノで木に何度も押さえつけられてから、地面に叩き落とされた。ぃぃ~~!
「きっと、あぶれカブトじゃな」とカミキリムシ。
今度は、樹の裏側から回り込んできた大きなオスのカブトムシとお互いバックの獲りあいを始めた。
「あ、あれ、交尾とちがいますか」とコガネムシ。
「そやな。オス同士でやっとる。大きい方はピストン甲太郎や!」
「あいつが、あの全メス制覇したピストンですか!」
「全メス制覇したというても回数で言うたらたったの5回や。一生で5回や。かわいそうなもんやで……。こんな年寄りのわしでも今日2回してるしなぁ、お前なんか若いからもっとやろ」
「はい、今も最中です」とコガネムシ。
えっと驚いたカミキリムシが目を凝らしてみると、コガネムシの下に何かがうずくまっている。つまりメスのコガネムシが……。
「たいがいにしいや。しかし、お前さんは本来は地面にいるのとちがうんかいな。わし、さっきから何か臭うな、うんこちびったんかいな思うて心配してたんやが、原因は、どうやらお前さんやな。フンコロガシの兄ちゃん! 縄張り荒らしは止めといた方が身のためやでぇ。樹上でメス転がさんと地面でフン転がしとき!」
怒られたフンコロガシは、クヌギの樹をメスと連結したまま転がり落ちていった。
ぅぅ~~! ぇぇ~~!
「最近の若いもんは隙あらばと言う感じであさましいもんじゃ。さっ、わしも帰って寝るとするかな……。でもまあ、もう一回くらいしてから寝よか。ほな夜這い行ってこう」
カミキリムシは身体の倍ほどの長さの触角を左右に振りながら、パッと樹から落ちていった。ぉぉ~~!
年寄りだったので、ハネを開くのを忘れていたのだ。
ああ、人間も昆虫も、歳はとりたくないものだ。というか虫は、ほとんど歳はとらずに逝ってしまう。
このカブトムシのニュースから数日たって、すこぶる面白いテレビ番組を観た。
本来、鳥はオスとメスが協力して卵を温め、それが孵化してからも巣立つまで、親鳥が餌を運んで育てるものである。孵化したヒナは餌を要求する相手である親鳥を最初に見定める必要があり、生まれて最初に見たものが、自分に餌をくれる親鳥であるとインプットされている。鳥たちは巣立つまでは、いや、巣立ってからでも少しの間は家族爛漫で、親の愛情が子供たちに伝えられる。
ところが、この鳥は違った。
家族がてんでばらばらで関係が薄いというか、そもそも家族なんて意識がない。
しかし、その生き方は好き勝手に見えて、案外、素晴らしい生き方かもしれない。
生まれた時から、いつもひとり。ひとりぼっち。慣れたら、それがいちばん生きやすいのかもしれない。
その鳥の名前は『ツカツクリ』。
オーストラリアに生息し、オスはユーカリの落ち葉を4~5トンもかき集め、塚のように積み上げる。それは巨大な孵化器のようなもので、産み落とされた卵をその塚の中へ埋めると、微生物に分解されたユーカリの葉から発する熱で親鳥が卵を抱いているのと同じような効果が生まれるのだ。
オスは立派な塚を造ってメスを引き寄せ交尾し、生まれた卵は塚にうずめる。メスは次の産卵のために別の塚を物色しに発ってしまう。もちろん、この塚にはまた別のメスがやってきて、気に入れば交尾して産卵する。この鳥の父と母は、自由気まま。塚の中にある卵は、すべて異母兄弟、異母姉妹、異母兄弟姉妹である。そうして、おもしろいのは巣立ちである。
ユーカリの葉に埋もれながらも卵を割って出てきたヒナは、ヒナと言ってもずいぶん大人であり、しばらくの間、外の様子を探ってから塚から飛び出すのだが、塚の番人と言うか、むしろボイラーマン(温度管理人)とでも言った方がふさわしい父鳥が、塚の様子をうかがっていると、一か所、葉っぱが持ち上がり(実はヒナが飛び出す前の安全確認をしているのだ)、うん? とボイラーマンが首を伸ばして覗き込もうとしたときに、ヒナは頭にのせていた葉っぱをバッと振り払うと同時に飛び出し、驚いた父鳥に一瞥もなく、一目散に駆けてゆく、というよりか逃げてゆくのだった。彼は、母鳥を知らないし、父鳥さへ見向きもしなかった。さっそく逃げ切った場所で、自分で餌を探して、自活する。
まあ、例える必要はないのだが……人間で例えると、出産で中学生を産んだと思ってもらえればよいのかもしれない。ツカツクリの卵は栄養満載なので、卵を割って出るときには、半分おとなにまで育っている。
しかし、親子関係で言えば、鳥と言うよりも昆虫に近いのかもしれない。
この鳥の名前はツカツクリだけれど、塚を造るのはオスであり、メスは塚を造ってもらう方だから、名前はツカツクラレにした方がよいのではと言うのは余計なことだろうな……。ところで、親を知らないヒナであっても、オスであれば将来塚を造るのだろう。誰にも教えてもらってないのに……。
本来であればカブトムシと鳥の雑記と、下記の『ダーウィンが来た!』の告知で今回のブログは終了する予定だったのです。
今晩の『ダーウィンが来た!』は年老いたチーターの物語なのだが、
3/22(日)NHK『ダーウィンが来た!』にMISIAが出演!
番組内では、日本では対馬だけに生息するとされる野生のヤマネコ、”ツシマヤマネコ”に出会うべく、MISIAが自身のふるさとでもある対馬を訪れた様子が放送されます。
幻の”ツシマヤマネコ”に出会うことはできたのか…その行方はぜひ放送でご覧ください!
しかし、できませんでした。でけへんのでした。できしまへんのでした。
それについては、後編で……。
『後編』
この度、久しぶりに予知や予兆のようなものを体験したのです。今回の場合は『知らせ』と言った方がしっくりとするかもしれません。これを偶然と言ってしまえばそれまでですが、ピンポイントで狙いすましたような偶然は、むしろ必然ではないでしょうか。必然とは、あえて偶然をよそおってやって来るような気がします。
今回のブログで、へんてこりんな鳥である『ツカツクリ』を紹介するにあたり、何か語呂的に似通ったのはないかなぁ~と考えていると、ありました『ツミツクリ』。お互い五文字で、二番目の文字が『カ』と『ミ』の一字違いで、これは使えると思ったのです。
ツミツクリとは漢字で書けば『罪作り』であり、あまり良いことではないのですが、普通は、異性(最近では性別は関係ないかもしれません)に好意を抱かせたのに応じることなく去ってしまう人に「あんたって罪作りだね」と使われたりする。じゃ、わかりやすく、みんなが知っているような映画やドラマってあるかなと考えると、ありました『男はつらいよ』のフーテンの寅さん。毎回登場するマドンナに、ひとりのぼせあがって、惚れて、結果ふられるか、自ら身を引いて旅立ってゆく。浅丘ルリ子さんや八千草薫さんなどは例外で、自ら身を引く罪作りの作品でした。幼馴染だった八千草さんは、寅ちゃんとなら結婚してもよいと言ってくれているのに……まあ、しかし恋愛が成就したら、シリーズで48作もつくれないのですからね。というわけで、
とりあえず、寅さんと八千草薫さんあたりで考えて、妹の桜に「お兄ちゃんて罪作りなんだね」といわせるか、寺男の源公に「罪作りでっせ、兄貴」といわせるか、いいえ、セリフでなしにシチュエーションで……と探ったのですが、もう一つ最初から考えていたのがあって、これは私が映画館でアルバイトをしていた時に、度々観た覚えのある劇場アニメであり、その中で発せられる罪作りな男に対しての賞賛のセリフは、これ以上世間に知れ渡っているものはないのではないか、と思うくらいのもので、もしかしたら私は最初から、こちらを使おうと考えていたのかもしれません。なぜなら寅さんそっちのけで、そのアニメを例えての下書きを書くことにしたのでしたもの。
それが、これだす。
↓
「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました……あなたの心です」
これは映画『ルパン三世 カリオストロの城』で、ラスト逃げるルパンを見ながら、
彼に心を寄せるクラリスに銭形警部がかけた言葉である。
なんと、罪作りな男なんだ!
なに、きっと俺だって、いまに「あんたって、罪作りな男だね~」と肘で小突かれ揶揄されるような男になって……と、硬派な私は上映当時、時給400円で映画館のテケツのアルバイトをしていたのだった。
ちょっと私的なノスタルジーを入れてしまいましたが、鳥の名前は『ツカツクリ』でした。
↓
とりあえず書き出して、上記文章の整合性について検証します。いつも阿呆みたいなというか……実際は阿呆な文章ばかりを書いているのですけれど、架空の部分は嘘とわかるように大げさに馬鹿げて書いているので許容されると思うのですが、事実に於いては、「それ間違ってるんじゃあ~りませんか!」と読んだ方との間に齟齬が生じるような曖昧なところがありはしないか、また矛盾はないか、などヤフーやグルグルで検索などするので、タイトルよし、セリフよし、名前よし、映画の「もぎり」はテケツでよし、時給は実際そうだったからよし、と。
ところが、ひとつ気になることがありました。
私は映画館、仮に『ロマンスる劇場』としておきましょうか、そこでアルバイトをしていたのですが、そのロマンスる劇場は洋画専門の三本立ての二番館であり、なぜ邦画のアニメ『ルパン三世 カリオストロの城』が観れたのかしらということで、今回調べてみることにしました。当時上映していた映画はばっちり覚えております。
(ある夏の一か月、私がアルバイトしていた洋画専門の映画館)
『ビッグウェンズデー』 1979・ 4・21 公開
『料理長殿、ご用心』 1979・ 5・ 5 〃
『Mr.Boo! インベーダー作戦』 1979・ 5・26 〃
『ルパン三世 カリオストロの城』 1979・12・15 〃
私がロマンスる劇場でアルバイトをしたのは、おそらく8月の1日から31日の一か月間であり、4~5月に公開された三作品は、8月に二番館で上映されているのには違和感はありません。ただ、『ルパン三世 カリオストロの城』は12月の公開で、そのころ私は映画館にいないので観るわけがないのです。でも、予告編であれば観れるのではないか、と考えました。銭形警部のあのセリフなどは、予告編で使ったのではないでしょうか。それを私は昼の休憩時間に、何度か見たのではないでしょうか……。観たとして、しかしルパンは邦画であり、映画館は洋画専門であるしで、もう少し調べてみました。すると、ほほぉ~、わかったのでした。この『ルパン三世 カリオストロの城』は二本立てでの公開であり、相方のもう一つの映画が、なんと『Mr.Boo! ギャンブル大将』でした。当時は、ブルース・リーからの流れで香港映画が人気だったので、ホイ三兄弟演ずるMr.Boo! シリーズは日本でも人気でした。これは洋画だから、ルパンと抱き合わせで洋画館でやったものでしょう、と納得できたのでした。
しかし、結果として『ツカツクリ』の説明には、『ルパン三世 カリオストロの城』のお話は使わず削除することにしました。時間をかけて調べたけれど、この甲斐のない努力の美しさが、きっと次につながれるのだと、懐かしさもあってかさらに調べているうちにあることが判明しました。
その映画館が、あと十日後の3月31日で閉館取り壊しになるということでした。
1930年に芝居小屋として誕生し、戦後の映画の繁栄期に映画館となり、2026年3月31日で閉館となるようです。その96年の歴史に中で、私は僅かに一か月の間、そちらにお世話になったのですが、その閉館の十日前に、テレビや新聞などの外部の媒体から知らされるのではなく、自らの調べものとして知りえたということは、私としては『偶然』として片づけることができず、これはきっと『必然』的なものではないのだろうかと思うのでした。
思い起こせば、この洋画専門の『ロマンスる劇場』は、友人の紹介で行ったのですが、私と入れ替わるようにその友人は石川県へ帰省してしまいました。つまり、私は友人の身代わりとなって、八月いっぱい休みなしでアルバイトに精を出す羽目になるのですが、この時ばかりは走れメロスの人質となったセリヌンティウスの気持ちが少しばかりわかったような気がしました。
その映画館は、昔はルナパークと呼ばれた遊園地であり、大阪の繁華街のひとつとして賑わったのですが、私がアルバイトしたころは、まだ隣接する街から多くの労働者が流れてきておりました。最初、公園を抜けてその繁華街へ入ったときは驚きました。道端で、人が死んでいたのでした。「うわっ!」。 実際は、酔った労働者が寝ていたようなのですが、それがその界隈では日常であることを、当日の帰りまでには理解できました。
仕事の内容はテケツでした。つまり、入場券のもぎりのことです。現在、事業主は代わっているようですが、当時の社長や支配人の名前は今でもはっきり憶えています。売店のおばさんは、おばさんというよりもおばあさんでしたし、最初の紹介だけで、一度きりしか会わなかった二十歳過ぎの未亡人は、いつも入場券売り場の中にいました。思い出すと不思議ですが、一か月のアルバイト中、記憶に残っている女性がその二人しかいないというのは、やっぱり、当時は観光客などはおらず、仕事にあぶれた日雇い労働者ばかりの街だったからかもしれません。ちなみに私の記憶に、女性客はありません。入口の階段で喧嘩するのは男性だし、手帳を示し、地下への階段を下りて行ったきり出てこない偽刑事も男だし、くたびれたチンドン屋の町娘みたいな着物姿も、そのカツラは紙粘土でつくったのれすか、と訊きたくなるほどの出来栄えは、どうみてもおかまさん以外にないという具合で、いったん入場しても途中外出ができるという制度もあって、書いて渡した外出券を持って戻ってくるのは別人でした。外で入場料の半額ででも売っているのでしょうが、そんなことはどうでもよかったのです。そういう街でした、当時の新世界は……。
今回、閉館を知って、いくつかのブログを訪問し、動画も拝見しました。
しかし『閉館』以上にショックだったのが……映画館が『ハッテン場』になっていたということでした。
ハッテン場とは、無垢な私には、すぐにはわからなかったのですが、拝見した動画で
理解しました。私がアルバイトしていた映画館は、おかまさんたちの『ロマンスる劇場』になっていたということでした。
確かにその下地は、すでに私がバイトで通っていた頃にあったのかもしれません。しかし、私は、朝行って、帰りはまだ夏の太陽の日が差す頃に帰っていたので、私自身がそういうのにうとかったのかもしれませんが、まったく気づきませんでした。いや、当時はそうでなかったと信じています。
特に動画にある、映画館サイドが閉館に際して描いた手書き看板の文句が私を奈落の底へ蹴落としました。
『吉報!! 腐れ劇場3月閉館‼』
この期に及んでもなおダークでディープな映画館であることを自認する卑屈さ……。
特別取り立てて懐かしがることもないほどに、淡く儚い想い出だけど、夏休みの一か月間を休みなく務めたその映画館は、私にとっては『ニュー・シネマ・パラダイス』だったのです……。
まあ、閉館取壊しは仕方がないけれど……今まで誰にも話さなかったし、またこれからも話すことはないだろう想い出が、いまべとべとになっているこのさまをブログに書いてしまう自分が、ちょっと残念な気がするのはなぜなんだろう。これが偶然をよそおった必然のせいだとしたら、やられた! という感じです。
(下の二つの動画は、比較的好意的な動画です)
最後に、新世界国際劇場の仮名として使用させてもらった『ロマンスる劇場』は、映画『今夜、ロマンス劇場へ』を参考にさせていただきました。
この映画は、現実の世界に飛び出したモノクロ映画の中のお姫様と、彼女に心を奪わ
れていた映写技師との恋物語であります。彼女には色がなかったので化粧を施し、衣裳部屋から持って出た色鮮やかな衣装は、まるでひとりファッションショーのごとく綾瀬はるかさんが見事に着こなし、演じ、女性の服装などてんで無関心な私であっても、美しいなぁと感心したくらいであり、服に合わせてかぶられる帽子やスカーフ、手袋、ブローチ、傘などの小物もあって、それを見ているだけでも満足させられる映画です。
でも、いちばん気になることは、彼女は触れると映画の世界へ戻ってしまうのです。ふたりは、触れずに愛し合ってゆけるのでしょうか?
考えたら『今夜、ロマンス劇場へ』は究極の愛だった。
カブトムシどころではなかった。ごめんなさい!
閉館まであと二日、記事投稿。















