やがて、せっかくかけたマフラーを、ピピはあがいて丸めてしまいます。
寒いから、からだも小さくまるめています。
そこで、わたしはピピの下から
「しゅうっ」
とマフラーをひきだします。
ピピはあわててクネクネうごきます。
それでもやっぱり横たわったままで、そのうちフワリとふとんがかかるのを、お姫さまのようにまっているのです。
ある晩、わたしは父とけんかをしました。
定年で仕事をやめたあと、父は昼間はテレビを観てすごし、夜にはたびたび女の人とカラオケに出かけてあそんでいました。
母のすきをみてその女の人に電話をし、みだらな話がわたしの部屋まで聞こえてきます。
母ははじめ、おこって抗議をしました。でも、なにも変わりません。
母は、長いあいだ父の暴力におびえてきたので、どこか無力にあきらめてしまうのです。
わたしが意見をすると、父は顔をまっかにして怒りました。
でも、なんの展開も、展望もありません。
そして二階では、ひとりになったピピがなきわめいていました。
猛獣があばれるか、雷がころがるか、といったさわぎです。
わたしは激怒したまま、ずんずんと階段をのぼっていきました。
すると ・・・ピピが、まっていました・・・
つないだひもはギリギリまでぴいん!と伸びきり、そのこちらにあるのは、ピピのおでこのタテじわ、ナナメじわ。
ふたつの眉のあたりの、たくさんのたくさんのクネクネじわ、イビイビじわ。
そのしわだらけの顔に、階段のちいさな古いライトが、おそろしい効果をつけています。
背景にはピピ用シートが大波になみうち、寝箱は沈没しそうにかしいでいます。
わたしの中の怒りが
(くらくら・・)
と混乱しました。
「・・・なによ。ちょんちゃん」
怒りの名残りと笑いのはざまで、ピピの耳とほほのあいだに、右手をさしだします。
「ぐうーー」
ピピはほんとうに
『つらい・・・』
という音をだし、しわだらけの顔でわたしの手のひらにすがりました。
そして、じいっとわたしを見つめます。
こいぬのひと声。
ひとつの、ちいさな顔。
それは、人間のたくさんの言葉より、ずっと強い。
その時、わたしはそう思いました。