チャールストンは歴史の古い町です。
南北戦争の1864年、チャールストン外港にて北軍の艦船を沈没させた、海戦史上初の戦闘用潜水艦ハンリー(Hunley)。
敵艦を沈めた後、ハンリー自体も不明な理由で(乗員が酸欠で意識不明に陥ったのではないかという説あり)沈没してしまいました。
136年後、2000年の夏に海底から引き上げられ、チャールストンのウォーレン・ラッシュ保管センターの研究室に保存されています。
原寸大の模型。当時は人間の手漕ぎが推進力でした。腰をかがめた7人の乗組員と1人の上官(舵取り役)でいっぱいになってしまう狭さです。明かりはろうそくの炎だったとか・・
潜水艦の中で持ち場に着いたまま亡くなっていた8人の骨から、顔を復元してあります。生々しくお顔がわかると、生い立ちや家族のことなども偲ばれて悲しいです。
当時の他の古い潜水艦模型やおみやげショップもある広い部屋。
奥にある研究室はガイド付きのツアーになっていて、撮影禁止です。
ガイドさん、初老のポールニューマンなお顔をして、しゃべるしゃべる。
潜水艦ハンリーは、これ以上の傷みを防ぐため、真水のプールに貯蔵されていました。
見学者は白人ばかりで、アフリカ系の人々(黒人)がいなかったのが印象的でした。
奴隷を解放したくなかった南軍の遺産だし、支持が無いといえばないのでしょうが・・・
つづいて、その南国戦争の火蓋が切って落とされた場所、チャールストン沖のサムター要塞(Fort Sumter)へ、フェリーで行きました。
フェリーからアーサー・ラベネル・ジュニア橋を見上げて・・西半球で最長の斜張橋(塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つないで支える構造)です。
フェリーを降り、桟橋を歩いて要塞へ。
1861年、北軍がいたこの要塞を、南軍が攻撃して陥落させたことで、以後4年間に及ぶ南北戦争が始まったそうです。
洲の上に建設された要塞は五角形で、レンガ造りです。レンガを一個一個、積み上げてはくっつけていったわけですね、すごい・・てか、たいへん、、
他にも人はたくさんいるのですが、集まってガイドの説明を聞いているので、群れから離れたりすさんがポツネン。
要塞の上に上がると、大西洋が見晴らせます。潜水艦ハンリーがあのあたりで・・・という説明版もありました。
サムターからフェリーで帰ったら、今度はまた車でサリバン島のモルトリー要塞(Fort Moultrie)へ。
通信信号機。
弾薬庫。
ああ・・・・過酷な潜水業務やレンガ積みや砲弾ドンパチより、平和な海がいいなあ・・・・・・
と、あまりにたんじゅんに、そう思った・・・・・・
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