先日、仕事先でお客さんとモリッシーの話をしていたんです。

 

そうしたら、そこの新人君がやってきて、「モリッシーって何すか?ふなっしーの親戚かなんかすか?www」みたいな事を言ったので、この若造がああああああああああ!と憤慨したのですが、ニコッと笑って「違うよ」と言ってやりました。

 

大人でしょ。

 

■驚きの再発決定

フェイ・ウォンと言えば香港映画『恋する惑星』です。



 

私は1995年に『恋する惑星』を鑑賞して以来、90年代後半はフェイ・ウォンのCDを良く聴いていました。2000年代中頃、アジア圏インディーズ・バンドにドップリと嵌ってしまう私ですが、その前段階があった訳です。これは人生初めての事で、意識して初めて触れたアジア圏ポップスがフェイ・ウォンでした。

2000年代に突入してからは、フェイ・ウォンを聴き返すこともありませんでした。ですが、90年代後半に良く聞いていたアルバムですからアナログ盤で再発されるとなると気になります。調べると、再発されるアナログ盤はオリジナル・アルバムが2枚、ベスト盤が1枚の計3枚となっていました。

 ●『夢遊(胡思亂想)』1994年
 ●『天空』1994年
 ●『ザ・ベスト・オブ・ベスト』1999年


他にも良いアルバムがあるのに何故この3枚のみ・・・?と、最初は不思議に思いましたが、多分、香港映画『恋する惑星』に関連してのチョイスだと思われます。『恋する惑星』で使用されていた楽曲『夢中人』関連、という意味です。

 


 

アルバム『夢遊(胡思亂想)』とベスト盤には香港映画『恋する惑星』で使用された『夢中人』が収録されています。アルバム『天空』には『逃避』という別タイトルでクレジットされていますが、実は『夢中人』の北京語バージョンが収録されています。何故、曲名まで変更したのか分かりませんが、『夢中人』の広東語の歌詞を北京語に置き換えただけで使用しているバック・トラックは全く同じモノを使っている(と思われます)ので、実質は『夢中人』です。

なので、一聴しただけでは普通に『夢中人』に聴こえます。知らなくて『逃避』を聴くときっとビックリすると思います。私がそうでしたから(笑)。

 

もちろん、北京語と広東語の言葉の意味までは分かりません。でも、イントメーションの違いは分かります。これが聴いている時に受ける印象としてとても大きいです。私には広東語の方が優しく聴こえます。この辺りは人によって違う感想を持たれるようですので聴き比べるのも面白いかも知れません。

リリース時期は2021年2月。結構、先のように感じますが、多分直ぐです(笑)。

■これまでに購入したCD

 



フェイ・ウォンのアルバムで初めて購入したCDは1995年にリリースされた『Di-Dar』でした。

購入前は『夢中人』のイメージが強かったですから、初めて聴いた際にはイメージの違いに驚きました。大陸的・・・と称されるノリが最初は違和感に感じていて、段々と慣れてきたのでしょう、次第に気持ちよくなってきました。

同じ頃にフェイ・ウィンのミュージック・ビデオのVHSも購入して、そのセンスの良さにも惹かれました。ファイ・ウォンってスタイルが良いですから、見た目「絵」になるんです。凝った映像もありますが、めっちゃチープな背景の中をジーンズにTシャツ姿のフェイ・ウォンが歩いていているだけで格好良いのですから痺れます。楽曲を聴くだけでなく、その世界観にも嵌ってしまいました。

フェイ・ウォンのアルバムは国内盤CDで結構な数がリリースされていたので、ほぼ国内盤ばかりで購入しました。輸入盤大好きっ子なのに何故?かと言うと、封入されているライナー目当てです。当時はまだネットも普及しておらず、アジア・ポップスの雑誌もほとんど無かったので、とにかく情報が欲しかったんです。なので、詳細に解説しているライナーは重要な情報源でした。

 



国内盤CDの購入は全てタワーレコード小倉店です。90年代後半はJ-POP全盛期だったので、アジア音楽は元よりワールドミュージックって扱いがとても小さかったんです。でも、小さいなりにタワーレコード小倉店ではアジア音楽のコーナーが設けられていて、それなりに品揃えされていました。一畳ほどのスペースだったと思います。いや、もっと狭かったかも知れませんけど(笑)。

■『タワーレコード小倉店』

当時はとにかく仕事が忙しくて土曜日も日曜日も働いていて、全く自分の時間を取れない日々が続いていました。そのような状況でしたが、唯一、日曜日の夜19時とか20時くらいに無理やり時間を作ってタワーレコード小倉店へ行きました。そしてアジア音楽のコーナーに行って物色し、フェイ・ウォンのCDを購入する。これが唯一の楽しみだった時期がありました。

なので、フェイ・ウォンには特別な思い入れがあります。心を癒してくれた大事な存在・・・なんて言うとオーバーに聞こえるかも知れませんが、音楽で救われる心があるんだ・・・と初めて実感した時期でもありました。思い返してみると、私は何度も音楽に心を救われた気がします。心の支え、と言い換えて良いかも知れません。

そんな想い出あるタワーレコード小倉店ですが、2007年に閉店してしまいました。

 

もう13年になるんですね。閉店することを全く知らなかったので、行ったら閉店していてとても驚きました。2005年からアナログ・レコード盤メインで購入するようになっていたので、タワーレコード自体から足が遠のいていて、私にとっては青天の霹靂な出来事でした。

そのタワーレコード小倉店の入居していた『ラフォーレ原宿小倉』も、今やアニメ・ファンの聖地(?)『あるあるシティ』となってしまい、当時の面影は全くありません。いや、別にアニメがどうとかはどうでも良くて、ただ時代の移り変わりに遠い目をしてしまうって話です。これはオジサン特有のあるあるかも知れませんね・・・。

 

タワーレコード小倉店には良く行ってた時期がありました。思い出すと懐かしいです。

 

90年代と2000年代前半は特に良く行ってました。特に2000年代前半は大量にCDを購入していたので店員さんに顔を憶えられていたみたいでした。割とマイナーな変なCDばかり買うので、レジに持っていくたびに持って行ったCDをマジマジと見ていました。

 

クリス・レインボウを知ったのもタワーレコード小倉店でした。割とセールなんかもやっていて、欲しかったジ・アパートメントのCDアルバムを490円で続けざまに発見した時は狂気乱舞でした。セシルのスーパー・ショミンカーのCDシングルはココでしか見ていません。

 

ジュリー・ドワロンの福岡公演見た後に伺った時は、ジュリー・ドワロンの入場チケットを張り出して試聴機に展開していて、結構音楽の趣味が似通っていたような気もします。この時の事は他にも想い出があるのですが、それはまたいずれかに。

 

 

北九州市に現存するタワーレコードは若松店のみです。タワーレコード若松店もオープン時は良く行きました。2002年位だったと思います。その頃は品ぞろえも多種に渡っていて、前回記事に書いた『ドミンゴ』の紙ジャケ・リマスター盤を購入したのはタワーレコード若松店です。

 

今はアイドルばっかりですね。若松イオンに行った際に立ち寄ることもあるのですが、もう購入したいものもあまり見かけない感じです。でも、現在も営業を続けているのはスゴイです。北九州最後の店舗ですので是非末永く営業して欲しいです。いつかオンラインの店舗受け取りで利用するかも知れません・・・。

 

 

(終わり)