予告編も含めて最初の映像がとてもインパクトが強く、面白いと思った邦題は原題のAnatomie d'une chuteそのままなのね。私のように、この2点で惹きつけられた観客も多いのではないかしら。

この映画の面白さは、筋だけではない。巧みに織り込まれている会話や表情、夫婦・親子関係、他者が与える影響などディティールだ。折しもアカデミー賞の速報。この「落下の解剖学」は脚本賞。ジュスティーヌ・トリエ監督とアルチュール・アラリが受けた。

「落下の解剖学」


https://gaga.ne.jp/anatomy/

ベストセラー作家のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)は、雪の中の山荘で、女子学生のインタビューを受けている。しかしサンドラは自分が答えるのではなく女子学生に質問し、それを問われると小説の材料にしたいという。

しかし、インタビューは中断される。夫のサミュエル(サミュエル・タイス)が大音量で音楽をかけたからだ。嫌がらせでしょ。もうこの辺りで、サンドラとサミュエルの関係を感じさせる。

目が不自由な11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)と犬のスヌープが散歩から帰ると、山荘の窓の下の積雪に頭から血を流して倒れている父親を発見する。
息子の声を聞いて母親のサンドラが駆け付け、緊急援助を電話で要請して救急隊員が駆け付けるが、すでに死亡していた。

最初は自殺と思われたが、壁の血痕などから頭の怪我がベランダで殴られたのか、転落時に打ったのか不明とされて不審死となる。唯一、現場にいた妻のサンドラが被告となって、裁判が始まった。

裁判はフランス語で行われ、サンドラは英語でと頼む。母国のドイツ語ではダメなのかしら? 

裁判で再生される録音された夫婦喧嘩の音声が、夫婦の気持ちのズレや争いを裁判官や陪審員らに明らかにしていく。

ドイツ人のサンドラに対し、フランス人の夫は教師をしながら作家を目指しているが、作品を書けていない。教師を辞めて、ロンドンから夫の故郷のフランスに引っ越してきたのだが、サンドラは、それも不満だ。

サンドラは執筆依頼を受けて忙しいので、サミュエルはかなり家事に関わっている。夫は、書けないのは妻のセイだと言う。しかし、サンドラは本人の努力や才能が足りないからだと思っている。

息子の失明は交通事故によるものだが、その日、学校の迎えをサンドラに頼まれていながら、サミュエルが行かなかったことを、サンドラは責める気持ちがある。

この夫婦、作家としてはサンドラが成功しているから、夫のサミュエルには、さぞ鬱屈したものがあったことだろう。

サミュエルのアイディアや書いた部分20ページ分を膨らませて、サンドラは自分の小説に仕上げている。何だかズルいと思うかもしれない。でもね、プロットや一部は書けても、それを起承転結して細部まで小説に書き上げるのは大違い。

「信じて。私は殺していない」というサンドラ。しかし友人のヴァンサン弁護士(スワン・アルロー)は、「重要なのはそこではない、君がどう思われるかだ」という。

つまり真実(かどうかは分からないが)よりも、陪審員に与える印象だというのだ。これは怖い。テレビでは「ミステリー作家の夫殺しの方が面白い」といった、無責任な話が流れている。

かつて父親が自殺未遂をしたと、ダニエルはスヌープにアスピリンを飲ませて確かめる。父親を失い、残る母親の罪とはしたくない気持ちが溢れる。ところでスヌープってゲェゲェして白目で倒れたのは、演技なの? ホントに薬で具合が悪くなったわけではないよね?

ダニエルは、付き添う女性に「信じることを話せばいい」と言われる。そして裁判での彼の証言。判決は出るけれど、解釈は観る人にゆだねられるだろう。

私は判決通りに想うのだけれど、理由はね、あんな喧嘩なら、たまにはするからウッシッシ