映画好きの方のお勧めとなると、ほぼ間違いなし。この映画、確かに私の好みでした、ありがとうございます。

「コット、はじまりの夏」

https://www.flag-pictures.co.jp/caitmovie/

コット(キャサリン・クリンチ)は9歳。家族は両親と姉と弟の5人家族。父親ダンは賭け事好きで家庭内でも心ここにあらずの体。母にはもうすぐ赤ちゃんが生まれる。無口なコットは、学校でも目立たない子、家族の中でも「手の掛からない子」なのだろう。

母親の出産の間、親戚の家に預けられる。父親は3時間のドライブの間、不安だろうコットの問いかけに応えもせず、預ける夫妻に話すことも、悪意はないのだろうがコットを傷つけるような言葉ばかり。着替えの荷物を渡すことすら忘れて、振り向きもせず帰宅を急ぐ。コットは諦めたようにただ車を見送る。

ショーン(アンドリュー・ベネット)とアイリン(キャリー・クロウリー)夫妻は、優しくコットを迎える。「お父さんが好きなだけ預かっていいって」という、どこか侘しいコットの言葉を「喜んで預かるわ、私たちは大歓迎よ」と柔らかく受け止める。

初日におねしょをしてしまったコットは辛かっただろう。着替えのないコットに差し出されたのは男の子の服。

アイリンは毎日、数を数えながら丁寧にコットの髪をブラッシングする(母に毎朝ポニーテイルを結ってもらっていた頃を思い出した)。ショーンはコットに声をかけて牛の世話を一緒にする。コットの姿が見えないと声を荒げて呼び寄せるのは、理由があった。

緑の輝くような牧場の自然の中で淡々とした暮らしが描かれる。声高に語るシーンは無く、静かで確かな夫妻の愛情が、何事も諦めたようにすら見えるコットの寂しい心を少しずつほぐして行く。

「足が長いから早いぞ」と駆けさせるショーン。力いっぱい走るコット。コットが無口なことを指摘されると「辛い時は話さなくていい」と肯定してくれる。海辺に行き、静かに語るシーンの美しいこと。愛情が、ひたひたとコットの心を満たして行くようだった。

 

別れの日が近づいたある日、コットは井戸の水を汲みに行く。近所の意地悪な老婆は、息子は肥溜めに落ちて死んだ、とコットに話していたが、もしかすると井戸かもしれないと思い、悲劇で終わらせないでとハラハラ。落ちたことは落ちたけれど、ずぶぬれで風邪で済んでホッとした。

 

ヨーロッパ在住の方から「あの泉は、アイルランドの聖ブリギッドの泉ではないか」と教えて頂いた。とすると、アイリンが度々泉に行っていたのは息子を偲んでかと思っていたが、祈りをささげていたのか。そしてコットが泉に落ちたのは、深い意味で彼女の「洗礼」だったのかもしれない。



ネタバレごめんなさい。最後、家に送ってもらい、夫妻の車が去っていく。人の言うことをおとなしく聞くばかりだったコットは、ここで自ら行動するのだ。車を必死で駆けて追いかけるコットの姿。車の中で別れにむせび泣くアイリン、柵を閉めようとしているショーンにコットはしっかりと抱き着いて「ダディ」とささやく。(涙…)


この作品、ラジオ放送は英語と解るのに、セリフが全く聞き取れないと思ったら、アイルランド語(ゲール語)だったのね。

原題はAn Cailin Ciuin(The Quiet Girl)。

コルム・バレード監督は、長編映画デビューだそうだが、今までに子供や家族を扱ったドキュメンタリー作品を撮影してきた。その実力が子どもの繊細な心を描いたこの作品に見事に発揮されたのだろう。