トルコの荒野のロードムービーと聞いて、観たくなった。トルコ旅行では、イスタンブールからエフェソス、パムッカレ、コンヤ、カッパドキアとバスで回るのが一般的な観光コース。オリーブや葡萄畑そして荒野を走った。その荒野をもう一度と。

「葬送のカーネーション」

https://cloves-carnations.com/

冬のトルコの荒野を、老人ムサ(デミル・パルスジャン)が粗末な木の棺桶を運び、仏頂面の孫娘ハリメ(シャム・セリフ・ゼイダン)が、その後をとぼとぼ歩いていく。

運が良ければ、ヒッチハイクで車に乗せてもらえる。運転手はいろいろしゃべるが、2人はほとんど口を利かない。それでも少しずつ、なぜムサとハリメが棺桶を運ぶ旅をしているかが分かってくる。

2人はシリアからの難民らしい。ハリメはトルコ語を話せるが、祖父ムサは話せない。ハリメは両親とはぐれたのか亡くしたのか、祖父母とトルコに逃れて暮らしていたが、祖母が亡くなり、故郷のシリアに埋葬してほしいという遺言を叶えようとしている。

ハリメの持っていた木馬の小さな車を外して、棺桶の持ちての片側に付けてコロにして運びやすくする。旅にまで持ってきた木馬は、両親に買ってもらった唯一の形見だろうか。

1日目は荒野の小さな建物に泊る。納屋だろうか。翌朝、ムサの靴が無い(よく探せばあったのに)、たまたま乗せてくれるという運転手が破れた長靴をくれる。


トラックの運転手の女性は、ハリメに「人生は短いけれど、穏やかでいることが大事だ」「死は来世の入り口だから両親も来世にいる」「林檎の種を埋めたら、大きな林檎の気になる」と語る。

歯が痛むムサに運転する女性は、クローブ(丁子)のはいった小さな缶を渡し、嚙むように勧める。歯痛に効くそうだ。

原題の「Bir Tutam Karanfil」のKaranfilは、ややこしいことにクローブともカーネーションとも意味を持つ。「一掴みのクローブ」が正しいようで、英語題の「Cloves & Carnations」がストーリー的には正解に近いのかも。最後にハリメが飾る造花の真っ赤なカーネーションも目に残る。

2日目の夜は小屋さえ見つからず、道路わきの岩屋に泊る。山犬の声が聞こえる。祖父は棺桶から布で包んだ死体を出し、襲われないための用心か、棺桶にハリメを寝かせる。焚火を炊き、火の番をしながらウトウトする。2人の見る夢。

木工所の男は、壊れかけの棺桶を見て、それと分からない方が良いと大きなダンボールに詰め替える。ムサが貰ったクローブを散らすのは、臭いを消すためだろう。

3夜目は、車の中。そして国境に向かう2人。国境監視の人々、張り巡らされた鉄条網。
シリアが紛争地と知ると、花火の音さえ爆撃の音に聞こえる。

寡黙な2人のわずかな会話、ヒッチハイクした車のドライバーの語りや、ラジオの声、出会う人の親切、ハリメのスケッチブックの絵、夢…そうしたものから、紡ぎ出されるストーリーは、国境や内戦、難民という政治の残酷さと、そこに生きる人々の少しの触れ合い、少しの優しさを浮き彫りにしていく。

取り立てての事件も起こらない。見終えても静かな余韻が残っている。ベキル・ビュルビュル監督。