北朝鮮にも、憲法と呼ばれるものがあり、議会と呼ばれるものがある。「どんなに高尚な法律や制度を整えても、意識が伴わなければ、その法律や制度は、かなりの程度、恣意的に運用できるんだな」と、つくづく思う。
「仏造って魂入れず」という言葉があり、「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」という言葉もある。壁にぶつかり二進も三進も行かなくなったとき、物の見方、考え方を、つまり、生きる姿勢を改めず、単に制度だけをいじっても、状況は改善されない。
北朝鮮と中国の政治体制は、事実上、一党独裁の体制であり、そのため、事実上、立法府である議会の議員が自由な普通選挙によって選ばれていない。彼の地の政治体制と、我が国の政治体制の明確な違いを挙げれば、その辺りになるのではないか。
我が国では、かなり自由に、具体的には、政治資金規正法6条の各項に基づき、都道府県の選挙管理委員会又総務大臣に文書で届け出ることにより、政治団体を作ることができる。
また、有権者年齢の日本国民は、成年被後見人や、「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」(公職選挙法11条1項)などに該当しない限り、選挙権や被選挙権を奪われることはない。
いくら自由だからと言って、結党しては、「やれ、あっちの連中とくっ付こうか、いや、こっちの連中とくっ付こうか」というのは、どうかと思うが、冒頭で書かせていただいた「どんなに制度を整えても・・・」に戻ってしまいそうなので、口をつぐみ、かなりの程度、政治的自由が与えられていることに感謝するだけにしたい。
前回の衆議院議員総選挙で、あのマニフェストやらを目にして「とりあえず民主党にやらせてみようか」と思ってしまった方は、「とりあえず」で投票先を決めることは慎んでいただきたい。
神奈川県横須賀市にて
佐藤 政則