「国際紛争を解決する手段としては」が、意味するもの | 佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

佐藤 政則「不易流行 -日本再生に向けて-」

変わらぬ理念の実現を目指し、しくみを修正する。
実態に合わなくなった諸制度を見直し、日本国を良くすることを目指す、政治ブログです。

 横須賀市には、1923年に発生した大正関東地震によって、その校舎が損壊するまで、海軍機関学校があった。芥川龍之介が、2年余り、英語の教官をしていたことでも有名な学校で、現在、横須賀学院や神奈川歯科大学などがある場所に、あったそうだ。

 そういう横須賀市には、戦後、海上自衛隊第2術科学校が、置かれている。因みに、海上自衛隊第1術科学校は、広島県江田島市江田島町に置かれている。なぜか、三浦半島も江田島も、みかんに縁がある。また、前述の芥川龍之介には、『蜜柑』という作品もある。温暖な気候の地で、人材を育成しようと考えた結果だろうか。

 昨日、4月26日、その第2術科学校で、海上自衛隊(海上警備隊)創設60周年の式典が、行われた。明日、4月28日は、サンフランシスコ条約発効60周年の日であり、旧日米安全保障条約発効60周年の日でもある。部分的に制限されていた日本国の国家主権が、回復した日であり、現在の、安全保障に関する日米同盟が、開始された日でもある。

 日本国憲法9条1項の要旨、「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、紛争を解決する手段としては、永久に放棄する」の下線部、「紛争を解決する手段としては」について、少し私見を書かせていただこうと思い、この投稿を書き始めた。が、すみません、前置きばかり、やたら長くなってしまったので、今回はここまでにさせてください。


神奈川県横須賀市にて
佐藤 政則