chick3791 日常あれこれの発信 -6ページ目

chick3791 日常あれこれの発信

早や7月。
野菜・・ドイツ豆がよく実りました。大きくて、柔らかくて、おいしい。
果実・・桃が大きく実った。初めて沢山実った。何百個あるかな?
早速鳥がつつきに来るので、網掛けが大変。


鹿児島桟橋に着岸、red linerは海岸沿いに国道10号線を北へ約10分、尚古(しょうこ)集成館(しゅうせいかん)の裏手の駐車場へ到着。もう四時頃で、先を急ぐ。仙厳園と繋がっているようで、 庭園伝いに史跡(製鉄用の反射炉跡、大砲等)や土産物屋等を経て仙厳園へ。



 薩摩切子(きりこ)の展示会場にて、


Cut glassは、diamond sawの回転で開削され、各種の研磨を経て、曇りのない完成品となります。

 鉄製の150pounds大砲
これを製造するために用いられた反射炉の史跡がある。九州・山口の近代化産業遺産群として、2009年に世界遺産の暫定list入りしています。


島津光久の別邸

50,000平方メートルの敷地面積をほこる仙巌園には、歴史、文化、自然など様々な見どころが点在しています。http://www.senganen.jp/


 仙厳園の赤門

この庭園は桜島を築山に、錦江湾を池に見立てたものだそうだ。雄大な景観が広がる。折しも陽が傾き、私の影も長くのび、始めた。


 もう夕方の5時前だ

先を急ごう。

桜島と言っても、かなり広い。Red line busは桜島港寄りの中腹にある展望台「湯之平展望所」を目指して反時計回り(左回り)に、zig-zagに登って行く。

桜島観光バスルート、左側が薩摩半島の鹿児島市の桜島桟橋、右側が大隅半島から錦江湾に突き出た桜島



大正3年の大噴火時の溶岩流が大隅半島との海峡を埋めてしまった。大小混ざった角の鋭い岩石の海原が裾野に広がっている。


冨士山と比較はできないが、そのminiature版、

湯之平展望所
着いたところは標高373mの「湯之平展望所」、北岳の4合目に位置し、桜島内で一般観光出来る最高地点とのこと。幸い好天で東に北岳、西に錦江湾を隔てて鹿児島市内を遠望、360度の展望はできたが、風が強い。北に霧島連山、南に開聞岳といった鹿児島の秀峰は、見えなかった。


 夕日に染まる桜島の山肌、


海の向こうへ沈む夕日は必見だそうですが、これから5時までに名勝「仙厳園」を観光し終えるために、時間制約で即座に桜島港へ急ぐ。

鹿児島港の北の端「桜島桟橋」には、薩南・トカラ、奄美・沖縄方面へのferryの発着場がある。至近距離にある桜島へ渡るferryの発着場は一番北端にある。


JR九州の桜島観光バス:red linerが、ferry乗り場へ向かう

 Red linerバスに乗車したままでferryに乗船、定期乗船車両の停車位置は、いつも決まっているように思えた。最前列でfront glass越しにキョロキョロしていると、そのような雰囲気が汲み取れる。甲板上の客室へ移動する。



 ferry先端での景色

海上航行は僅か半時間だが、客室であちら、こちらの椅子に座りなおして、居心地、景色を確かめていた。目指す桜島はもう眼前に大きく見えてくる。



あっという間にぐんぐんと近づいてくる。


あんな下の方の小さな森に桜島が隠れつつある・・・小さい桜島は大きかった・・・

 下船5分前には必ずbus内の自分の座席に座っていることになっていた。ところが、瀬戸際になって、誰かがtoiletに行って戻ってこなかった。着船、下車が続くが・・・、戻らぬ客を放置してバスは下船をしていく・・・。皆様、ご注意を・・・。

殆どのホテルは駅前通り周辺に固まっているが、私が宿泊したホテルは、市役所から近いプリンスホテル。


いわき市庁舎


スーパー「マルト」の背景にプリンスホテル、築約20年とのこと。


このホテルは、HPによると、全て女性で運営されているそうだ。ここでは現在、夕食サービスはないが、備え付けのレストランではおいしい朝食は頂ける。
道を挟んで直ぐ前に、スーパーの「マルト」があり、不自由がない。

私は通常、できるものなら大きな風呂のあるホテルや旅館が好きだが、ここには部屋付きの小型しかない。

この時期、丁度大相撲春場所が開催されており、TVでの観戦が一つの楽しみである。当日は1月19日の初場所十日目、快進撃の琴奨菊は横綱鶴竜を寄り切りで破った。


琴奨菊のいつもの「がぶり寄り」での勝ち方


当場所は、十年ぶりの日本人力士の優勝とあって、喜びに沸いた。彼は後のinterviewで、「日本伝統の武士道、作法ではなく、ただ勝つための方策を取ることも必要」と。 2008年北京Olympicの100kg超級金medalistの石井慧選手も、当時同じことを話していた。


TVでNHKの天気予報を見ていると、やはり関西の絵柄とは違うなーと思う。


明日の予想気温

当然ながら、各放送局で地域の図形が相違する。 引き続き、放射線量測定値が、天気予報と同時に放映された。



現在の放射線量

これを見ると、その気の毒な福島の現実に胸が痛くなる。関西のほとんどの方は、このような放映のあることを知らないだろう。そのような立場になれば・・・。みなさん、もっと、東北に思いを寄せよう。


いわきには午後二時過ぎに到着。すぐさま駅ビル内の観光案内所で、これから夕方までの観光ルートを聴き合わせた。丁度、塩矢崎方面行の路線バス出発直前、案内嬢から「急いでください」と言われ、カートを引きずり走りながらバスの方に大声で叫びながら手を振り、やっと乗れた。

市街地を抜けると、田舎道を海岸の方に向かっているのだろうか・・?
どんないいところかと思っていたら、付近一帯が整地と道路作業の復興作業で埃っぽく、海岸から随分と離れ、最寄りに人家のない停留所に降ろされた。


塩谷崎灯台最寄りのバス停風景

他に聞く人もいないので運転手さんに、「灯台はどこですか?」。彼はずっと先を指さして「あっちの方向ですよ」。
あんなところまで、カートを引っ張っていけるのだろうか?

途中で道が分からなくなり、最寄りの人家で聞くと、間違った方角に来ていた。「皆さん、よく間違って歩いてこられます。もう少し標識とPRを良くしてほしいのですが・・・」。その家の離れの軒下にカートを置かせてもらって、自由の身になり灯台に向かう。そこから15分ほど速足で歩くと小高い丘の上り口に着いた。

そこには、美空ひばりさんの記念碑が寒風の中にポツンと建っていた。




 映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった塩矢崎灯台のふもとに建つ美空ひばりの歌碑

中国人の3人連れがどこともなく表れた。灯台までの急な九十九折れの道を抜きつ抜かれつやっと登りきると、この灯台の歴史を説明しているmuseumがあり、そのうえに白亜の灯台が聳える。
明治32年(1899年)に開設され、沖合40キロまで照らしているそうだ。


薄磯海岸の海抜73メートルの断崖に立つ塩矢崎灯台


復興が急がれる海岸周辺

山裾まで下りると、ひばりちゃんの石碑の前に観光バスが停車しており、私は大勢の記念写真を撮ってあげた。
小名浜方面へ抜ける次のバス時間に間に合わすため、小走りに20分、汗だくでバス停まで駆け抜けたが、バスはその後20分以上遅れて到着した。


常磐線の特急は品川発である。そんなこと、知らなかったなー。
実は、「2015年(平成27年)3月14日 - 上野東京ライン(東北縦貫線)が完成し、上野駅が終着であった宇都宮線・高崎線・常磐線の列車と東海道本線の列車の相互乗り入れを開始。尚、常磐線については品川駅が新たな終着駅となった・・・」
よって、関西方面からの新幹線乗り継ぎの場合、東京乗り換えよりも、品川乗り換えをお勧めします。



近く開業一周年を迎える「上野東京ライン」のad


品川着が丁度正午ごろ、乗り換え通路沿いには店舗もあり、弁当売り場もあった。しかし初めての品川乗り換えだし、乗り換え時間が約10分弱であったため、先ずは常磐特急ひたちの傍まで行ってからにしようと、先を急いだ。

 


品川駅の雑踏


7番線だったか、工事完成直後のコンクリートの匂うようなプラットホームであった。特急ひたちは出発を待っていた。発車までまだ4~5分はあった。ホームの駅員さんに聞くと、当ホームとこの近辺には店舗は無く、また、列車には車内販売は無いとのことだ。
その辺を見回すと自販機があり、ホットドッグ、焼きおにぎり、xxxx等が有ったので、パンは食べたくなかったので焼きおにぎりをチョイス。

すぐ出てくると思ったが、なかなか出てこない。そのうちに、発車ベルが鳴った。おにぎりを放っておいて列車に飛び乗りながら、駅員さんに、「おにぎりが出てこないんだ」といった。
ここからが、私の、初体験。こんなこと、してしまっていいのかなー。



まさか、冷凍ものが解凍されて出てくるとは、当然かもしれないが、気づかなかった。これではしょっちゅうトラブルが発生しそうだ。


若い親切そうな彼は、「あっ、そうなんですか、一寸出発を後らせます・・・」といって、ベルが鳴り止んで暫くしてから、やっとホカホカに温かくなったおにぎりの箱を運んできてくれた。その後に直ぐ発車したのは勿論だ。
考えてみると、これは冷凍食品で、5~6分は解凍していたはずだ。皆さんご注意を・・。車内で、おかずも何もないしょうゆ味のおにぎりを食べていると、来ないはずの車内販売が回ってきた。おいしそうな弁当を持っていた。

忘れはしない「東日本大震災」とは・・・2011年(23年)3月11日(金)14時46分18.1秒に、三陸沖を震源として発生した地震、正式名が「東北地方太平洋沖地震」。
日本国内で戦後最悪の自然災害となった。地震の規模を示すマグニチュードはMw9.0で、日本の観測史上過去最大、この地震および余震、それによって引き起こされた津波による災害をまとめて東日本大震災と呼ぶ。間もなく5年になる。
こんな光景を、何時、どのようにして、撮ったのかな ?

蟻の社会に水を播いたらこうjなった
 

最大マグニチュード、おまけの津波があっても、自然災害である限り、それは許されねばならないのが自然の掟。
しかしこの度、余分で且つ取り返しのつかないのが、原発事故である。これさえなければ・・・というのが、皆の思い、特に地元の皆様の祈るような思いだ。


これは本当の写真でしょうか?
 
何をするにも宇宙服、これでは仕事にならない !


目に見えない放射線の威力は抵抗力のない幼子には !!

 
こんなに深い山奥にも、 いったいどうすればよいのか ?


時代の波は容赦ない。原発は大都会のそばではなく、いつも、過疎の地域に割り当てられるのだ。都会の皆さまよ、現地の事情と声を聴き、国を挙げてこの窮状に手を貸そう。

今や再稼働の原発は3基目となった。許す限りは、原発機器の安全と信頼性を十分満たしていることを、国民が納得せねばならない。


(新基準施行後の再稼働は、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)に次いで国内3基目。プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使用するプルサーマル発電は、新基準施行後初めてとなる。)

 桜島定期観光バスのコースは、以下を参照。
鹿児島中央駅→高見馬場→天文館→照国神社→城山展望所→桜島桟橋からフェリー→桜島港→湯之平展望所→桜島港からフェリー→桜島桟橋→仙厳園→天文館→鹿児島中央駅



鹿児島中央駅

大久保利通の銅製立像


 定刻13:30に鹿児島中央駅を発車、市電のレールに沿って走る。高見橋の左岸堤に大久保利通の銅製立像あり、高見馬場交差点、天文館通の2ヶ所のバス停からも客が乗車してきた。呉服町の交差点を左折して照国通りへ。

 照国といえば、昭和18年ころに無敵の双葉山に、ただ一人勝ち越した第38代横綱照国と関係がありしか・・・と思いきや、彼は秋田出身であった。


突き当りの鳥居が、照国神社(島津斉彬公を祀る)


軍服姿の西郷隆盛の銅製立像

 中央公園北詰を右折、歴史と文化の道へ、左手に西郷隆盛の銅製立像。

 バスは薩摩義士碑の脇から城山(鶴丸城址)展望台へと上りはじめる。国内最後の内戦であった西南戦争、当時薩軍総大将西郷隆盛の本営跡、最後までたてこもったといわれる西郷洞窟を経て展望台へ。ここからの桜島の眺望は格別。この地訪問者で此処に来ない方はいないだろう。

こちらの薩摩半島と、鹿児島湾(別名 錦江湾)を挟んで対面の大隅半島と繋がった桜島、手前は鹿児島市街


鹿児島県庁方面を望む、遠くにかすんでいるのは対岸の大隅半島

これから桜島へ、フェリーで渡ります。


12月の初旬、久しぶりに指宿を訪問。折角いくのだから、おまけとして1日半の観光を楽しもう。大阪は阿部野橋、日本一の高層ビルのハルカス:HARUKAS、頑張ってくれ 近鉄よ、大阪のみなさんよ、橋下さんよ!!


阿部野HARUKAS                 

阿部野歩道橋

伊丹空港では30分ほどラウンジで一服して搭乗。  最近は手荷物検査が厳しく、ナイフ・ハサミ類はダメ、ペットボトルは持参していない方が良い、男性はベルトのバックルにご注意。


空港内 

左は◎、 右は×

                           

出発がやや遅れて、鹿児島着が11;00頃。空港のi(観光案内所)で早速本日午後からの観光スケジュールをたてる。鹿児島空港からリムジンで市内まで約40分。鹿児島中央駅を通過して、終点の市役所前で下車。ここは本日宿泊予定地のKKR敬天閣に近い。


平和都市宣言 鹿児島市役所

桜島を一望する KKR敬天閣             

荷物を宿舎に預け、年代物の市役所の地下食堂で「そば定食」をとる。あまり安くておいしいとまでは・・。もう少し市民にサービスをしては如何?



全国で市電を走らせている都市の中の一つである。最近訪れた都市では広島、富山、豊橋があり、努力しておられます。

鹿児島中央駅は画面左外

市電で鹿児島中央駅へ、#2乗り場から13;30発の桜島定期観光バス red linerの最前座席に運よくありつけた。


観光ルート                      

  JR九州バス red line  頑張れ!!                   

つづく

2015年10月25日、

大阪市内から南東に約20km、河南町の寺田を東にとり、「ぷくぷくドーム」横を通り、平石峠方向へどんどん登っていく。右手後方は開けて眺望がよく、下の方にPL塔のある富田林が一望できる。

平石から富田林方面を望む

高貴寺の道標
 
河内高貴寺縁起によると、役行者が草創した二十八箇所の修験霊場のひとつで「香花寺」と称した。弘仁7年(816年)に高野山金剛峯寺を開いた空海が来往した際、高貴徳王菩薩の示現を見たため、高貴寺と改称したといわれている。


平石峠では車道が途切れるかのように見えるが、山中に入っていく細い道で高貴寺入口まで車で登っていくことができる。ここまで来ると、平地との温度差は2~3度はあるだろう。3台ほど止められるparkingで降り、朱塗りの山門から参道へ、檜の大木と雑木の生い茂る下を本坊や学寮を囲う土塀沿いに歩を運ぶ。
parking脇の、朱塗りの山門

学寮の土塀沿いの参詣道

「xxxx、毎月22日座禅写経道場」と記した僧坊への門前を通り過ぎるとちょっとした広場が有り、此処のみ天空が開けて明るくなる。その中央に枝垂れ桜の老木がある。それを取り囲むように金堂、と開山堂が並んでいる。

僧坊への門

中央の枝垂れ桜の老木と金堂
 
広場の谷側隅に榧の大木が有り、毎年素晴らしい香りの榧の実を沢山落としてくれる。私はこの榧の大木が大好きで、よく此処に実を拾いにくる。今年は訪問が約1か月遅れたため、拾われ、掃除された後だったが、12粒拾った。


ああ、この高貴な香りは素晴らしい。みなさん、生の榧の実のこの香り、知ってますか?

開山堂

高貴な香りの榧(かや)の実