なんと言うのだろうか。
とても良い作品だと思う。
小説への愛、そして、小説家だった父と、妻として寄り添い続けた母への思慕に満ちている。
そして、父の元愛人だった女性への深い理解にも。
筆者は、井上荒野。
父である井上光晴、父の愛人だった瀬戸内晴美(瀬戸内寂聴)、そして筆者自身もこの作品には登場する。
(瀬戸内晴美は、作中では「長内みはる」として登場し、出家して「寂光」となる)
瀬戸内寂聴という人のことは、これまではほとんど知らなかった。
映画にもなっている「花芯」で描かれた半生のように、世間から不道徳と言われようと、自分の欲求に忠実な生き方を貫いた人。
岡本かの子(岡本太郎の母であり、「金魚繚乱」などの作品を残した作家)の評伝である「かの子繚乱」を書いた人。
そして、出家した後も性愛小説を書いていた人、といった程度の知識しかなく、出家した経緯も知らなかった。
もちろん小説だからフィクションとして読まなければいけないというルールはあるが、登場人物(作家の妻と愛人)が一人称で語る形なので、実際の寂聴自身がこう考えたのだろうか、こう感じたのだろうかと、どうしても思えてくる。
まして、筆者は、モデルとなった人たちと実際に生きてきた人なのだ。
この作品を読んで、これまでは自分にとっては謎だった、寂聴という人の実像に少し近づけたように思う。
多くの女性たちと不倫関係を持った、作家の父(作中では、白木 篤郎)。
白木を「生来の嘘つき」、「どうしようもない男」と軽蔑しながらも、自分たちを強く引きつけてしまう、この「離れがたい」男に対して、妻・笙子と愛人・長内みはるは、どのように向き合おうとしたのか・・・
それが、この作品を貫いているテーマだと思える。
少し引用してみたい:
「ここに連れてきたのは、嫁さんのほかにはあんたがはじめてだよ」
白木は言った。嘘じゃないよ、と続けたからわたしは少し笑った。どうして彼はわたしをここに連れてきたのだろう。
行こうか。白木は腰を上げながら、わたしの手を取った・・・
わたしの体の奥底から込み上げてくるものがあった。この男がいとしい、とわたしは思った。どうしようもない男だけれど、いとしい。いとしくてたまらない。
白木との関係を終わりにしたいと、これまでにない熱量で思ったのも、同時だった・・・
登場人物たちの複雑な感情が絡み合う様子を描き切ったこの作品は、彼らの心理への深い洞察を持った筆者にしか書けない小説であることは間違いないだろう。
そして、これもまったくの蛇足だが、女性というものを理解していない男性が、心得として読んでおくべき一冊でもあるだろう。
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今日もお読み頂き、ありがとうございました。