ヒエログリフ
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どうしてここではないどこかを探してしまう




6年前
わたしは14歳で
お風呂からあがると
ビルが燃えてる映像がテレビを支配していた。
数分後そのビルに飛行機がつっこみ
数時間後それは呆気なく崩れた。



なにもかもリアルじゃないように思えた。
それでもどうしようもない気持ちに襲われた。



あのとき世界が終わるかもしれないなと
ゆるやかにそうおもった。



学校へ行くと、社会の授業でテロの話になって
もしこれが戦争になったら日本は給油の架け橋になるから
日本も攻撃を受けるかも、という話をされた。



「これからどうなっちゃうんだろうね」
休み時間、友人と窓際で空を見ながら話した。

不思議とかなしくはなく
病的に怖くもなかった。
なにもかもがゆるやかに歪んでいた。


あのときの真っ青な空をわたしは今も覚えている。


そしていつしか緊迫した空気は緩み
世界はまた落ち着きを取り戻し始め
わたしは死ぬ事も不幸になる事も無く
もうすぐ20になろうとさえしている。



ただ あのとき何かが崩れ始めたのは事実だ。
あのとき 何かを失ったのは確かだ。



わたしは
わたしの14歳を絶対に忘れない。

アイスミルクティ

中学の頃の記憶がどんどん無くなっている事に驚愕した。
氷の入ったアイスミルクティーみたいに
薄まってゆく。
ひどくぼんやりとした味になっていくように。




なつかしいと思う事が
さみしいと思わなくなった。
ひどく執着がなくなっていた。



人の心を占めるもの というのは
月日によってあっという間に変わってしまうものだ。
当たり前だけど
どうしてなんだろう。



気持ちを真空パックしたい といった彼。
でも数ヶ月後やはりそうでなくてもいいと思った彼。



その違いは何なんだろう。



好き が薄れてゆくのはかなしい と思う
しかし薄れたあとでそれをかなしいとは思わない。

現時点と 通過したあとの心境
これもまた不実なまでに変わる。



心というものは不実で 不明瞭で 情けなくなるくらい素直だったりする
一番わからないものだと思う。


わたしたちはわすれるいきもので
失う事で前に進みたがるいきものだったりするのかもしれない。



なくしたことすら気づいていないくせに。




心残り

夏の終わりとお正月の終わりは似ている。
気づいたらぼんやりとおわってしまって、
なんだか取り残された気分になる。

まだ夏の熱が残る街で 長袖のシャツを買った。
妙な気分だった。





夢を 見た。


初めてかもしれない。
あのひとが出てきた。



「加藤先輩ーわたしの人生で最大の心残り」
ー亀は意外と速く泳ぐ より。


わたしにも そんなひとがいる。



中学の頃 人を惹き付けるヒトが居た。
いつも周りには男女問わず人が居た。
やんちゃで、素直で、妙に人徳があって、男女問わず好かれ。
わたしも例外なくそのひとに惹かれていた。



ただ
いつもそのひとは楽しそうなのに
妙な影がある事に何となく気づいていた。


友達の友達という事もあって
わたしはそのひとと話すようになり、授業中手紙をかくようになり
それとなく何となく親しくなっていた。


今思うとなんであんなに可愛くもなく派手でもないわたしに
どうして 愛してる  なんて言ってくれたんだろう と思う。


付き合うとかじゃなかったけど
わたしはお互いが好きでいるということを初めて経験した。
それが単純に嬉しかった。



でも半年くらい経って
なんとなくそのひととの会話も
授業中の手紙も減ってきた事に気づいた。



終わりはあっけなかった。



わたしを含め好きな人が3人いるという。
そんな手紙をわたされた。


友達じゃだめ? と書いてあった。


唖然とした。
でも引き止めるつもりもなかった。
変わった気持ちだけは元に戻らない事を知っていた。



かなしいとくるしいを初めて知った。



わたしはまたいつものように大丈夫なふりして
友達として手紙をかいたけど
返事は来なくなった。
そのうち話さなくもなり 目も会わせなくなった。


そしてそのまま卒業し、そのひとと会う事はなくなった。




次第にわたしはそのひとのことを忘れ
毎日過ごすようになった。


でもある時 ふいにおもいだしてしまう。
そのときのわたしは憎むでもかなしいでもない妙な気持ちになってしまう。



夢でそのひとに会った。
気まずいままだったことをうちあけて
仲直りして友達になる という夢だった。

赤い上着を着ていた。
(記憶とは恐ろしいものである。)
メルアドを交換した夢だった。




起きてひどくぼんやりとゆれていた。
赤い文字の残像がいつまでも網膜に残ってる気がして
ゆれていた。



気がついた。


そうだ
わたしは ただ 心残り だったのか と。




あのひとは元気だろうか
今 どうしてるんだろうか
相変わらず好きな女が多いのだろうか
同じようにわらうのだろうか
わたしのことなんてもう忘れてしまっただろうか




もう一度会えるなら
鮮やかに笑って
さようなら を言おうと決めていた。










夕方の想像

夕方
帽子をかぶって散歩した。
手紙を出しに行くために。
誰にも目を合わせずに、ただ夕陽を浴びる為に。



何も知らないひとに手紙を出すのは4回目
そのときの手紙はいつも真剣で なおかつ不透明な色をしている。


最近手紙を書くのに時間がかかる。
どうしてだろう。
手と脳が一緒に動いてくれない。
前はそんなこと全然なかったのに。


夏と秋のちょうどその間の夕暮れ
陽はまぶしいのに刺すように熱くはない。


でも西日のあたるポストは触るとすごく熱くて
その熱さになんだかひどく驚いてしまった。


手紙を出して帰る途中
なぜか河原町御池にあるマンションの螺旋階段を思い出していた。


螺旋階段はいつだか強烈な青色に塗られ
灰色のビルやマンションのなかでひときわ異質な存在に見えた。

わたしは妙にその違和感がすきだった。

(数ヶ月前に見たらきちんと茶色く塗り直してあったから
もうあの青じゃない。条例に引っかかったんだろう。)


螺旋階段のある場所は
大きな建物が多く
道路沿いのマンションだったから
あの東向きの螺旋階段に夕陽は決して当たらない。

昼の光すらまともに当たってないんじゃないか。


あの真っ青な螺旋階段に
このまぶしい夕陽が当たったら
どんな色だったんだろうと

なぜかそんなことを考えていた。


うちに帰るとひどくくたびれていた。

絵描き

どうして
ただどうしようもなく
言葉 に 揺れるんだろう。




遠くにいる素敵な感性の前で

泣きたくなる だなんて



陳腐な言葉で伝えたとしても
伝わるわけがないだろう。


不透明に笑うだけだ。




不明瞭に救われるものではあるけれど
時に気持ちの鮮明な色まで伝わる言葉が欲しい
残酷なくらい伝わる言葉が欲しい と思う。

それは武器で それは凶器で 

それはひどく甘美だと思う。
多分。
最低なくらい。



画面に点在する無数の共通記号の前
虚勢と本音の混在するつめたい形の前で



指を使って眺め
ただそこで たちすくむしかない こと。



映画より悲惨な現実がそこにはあって。
現実より甘い感情がそこにはあって。
月の距離みたいに。



そこにある感触はきっと嘘ではないけれど
本物ではないのだ。



それなのに
どうしてこんなにも
身体が音を立てて揺らぐんだろう。





どうして言葉は 思うように突き抜けないのだろう





哀しいと思う。
しかし何が哀しいのだ。



腐っていく。

ある場所で




日記を書いてても

書けない事がある。

他人の感情を考慮に入れた日記は

果たして日記か。


奇妙だ。

顔も見たこと無い人に対する感情が、
リアルで崩れ落ちそうで、色んな意味で恐ろしい。






不思議ちゃんの日記に

淡く感動する日と

酷く腹立たしく思う日があるのはなんでだろう。




わたしは現実に向き合っていたいと思う



反面


ノスタルジアでフィクションなセカイから抜け出せない




世界は時々ぞっとするほど深く繋がっている