次の日、千鶴さんは店が開いてすぐくらいに来てくれた。
「あの、一樹さんを指名したいんですけど」
千鶴さんはうつむきながら、恥ずかしそうに言った。
「一樹さんご指名です」
ボーイのコールが店内に響いた。俺は、指名コールを久しぶりに聞いた。
「千鶴さん、早速来てくれたんですね。うれしいです」
俺は、顔を赤らめた千鶴さんの手を引き席に案内した。椅子に座るとすぐに千鶴さんに話しかけた。
「今日は道に迷わなかったですか?」
俺は、笑顔で接客した。
「はい、大丈夫でした」
千鶴さんは、昨日とは違って少し明るい感じがした。
「今日は、何を飲みますか?」
俺は、優しく千鶴さんに尋ねた。
「一樹さんの好きなもので」
俺は少し考えて、すっと立ち上がった。
「じゃあ、千鶴さんのために俺がカクテル作りますよ」
俺はお店に頼んで、ドライジン、オレンジジュース、オレンジビターズを使いカクテルを作らせて貰った。
「オレンジ・ブロッサムです。女性にも飲みやすいお酒ですよ」
千鶴さんはうれしそうにグラスに口をつけた。
「飲みやすくてジュースみたいです。おいしいです」
カクテルを一口飲むと頬を赤らめて微笑んだ。
「まさか、またきてくれるなんて思ってなかったから、びっくりです」
「約束したじゃないですか」
千鶴さんは、ニッコリ笑ってカクテルを飲んだ。
「でも良かった。昨日はちょっと元気なかったみたいだから」
「昨日は、……慣れていなくてうまく話せませんでした」
千鶴さんは目線を下にやった。
「そうですよね。ホストクラブ初めてって言っていたからね」
「一樹さんは、私が来るとうれしいですか?」
初めて千鶴さんから口を開いた。
「毎日来て応援してくれるとうれしいな」
俺は、冗談っぽく言った。
ボーイが来て俺に耳打ちをした。彼女はそれを不思議そうに見ていた。
「ごめん、ヘルプが入っちゃった。すぐ戻ってくるから待っていてくれるかな?」
千鶴さんは小さくうなずいた。
俺は、ヘルプに付きながら時折千鶴さんを見ると寂しそうな顔をしていた。
しばらくして俺は千鶴さんの席に戻った。
「ごめんなさい、もう帰らないと」
そう言って俺を待っていた千鶴さんは立ち上がった。
「そうだ、今度来るときは、名刺に書いてある携帯に電話もらえないですか?同伴っていうのがあって外で食事やデートをしてから一緒にお店に来るっていうシステムなんです」
俺は、わかりやすく笑顔で説明した。彼女はうんうんとうなずきながら話を聞いた。
「わかりました」
千鶴は、うれしそうに言った。
俺は千鶴さんを店の外まで見送ると、顔の前で手のひらを合わせた。
「ごめん、今日は、ここまでしか送れない。また来てね」
「はい」
千鶴さんは、深くお辞儀をして帰って行った。
次の日、千鶴から電話があり待ち合わせをした。お店の近くの喫茶店で千鶴さんを待っていると、千鶴さんは時間どおりにやってきた。
「どこに行きたいですか?」
「そうですね、ラーメン屋さん」
「ラーメン屋さんですか?」
「はい、一人で入る勇気がなくて、しばらく食べていないんです」
同伴でラーメン屋さんなんてやっぱり千鶴さんは少し変わっているのかなと思った。
「俺、美味いところ知っているんで行きましょう。店は、古くて少し汚いですが味は、間
違いないです」
俺は、千鶴さんの手を引いてお店に向かった。彼女は楽しそうに笑っていた。
「ここです」
ラーメン屋の外観は屋号は消えかかっていて、換気扇の出口には油がこびり付いていた。
「ここは、女の子ひとりでは入りづらいですね」
千鶴さんは少し驚いた顔をした。
「でも味は抜群ですから」
俺は、あっけに取られている千鶴さんを安心させるように笑顔で言った。
のれんをくぐるとテーブル席が二つにカウンター席があった。千鶴さんとカウンター席に座るとラーメンを二つ頼んだ。
「はい、おまち」
しばらく待つとラーメンが出てきた。ラーメンは熱々でおいしそうな匂いが漂い、チャーシューにメンマと野菜のシンプルなものだった。
「これが美味いんだよ」
俺は、コショウを豪快にかけると麺を一気にすすった。千鶴さんも俺の真似をしてコショウをかけて麺をすすった。
「本当だ、おいしい」
千鶴さんから驚きの表情の笑顔がこぼれた。あっという間に食べ終わるとお店に向かった。
店に入り席に着くとすぐにシャンパンを頼み、接客に入った。
「本当はアフターっていうのもあってお店が終わってから食事に行ったりするのもあるんだけど、千鶴さんは無理そうだから」
「そうですね、あまり遅い時間は難しいですね」
千鶴は、少し残念そうな顔をした。
「そんなに毎日来て大丈夫なの?」
心の中では本当は、ホストがこんなこと言っちゃいけないんだろうなと思っていた。
「大丈夫ですよ」
彼女はシャンパンを一気に飲み干した。
「無理しなくても大丈夫ですよ」
俺は、千鶴さんを気遣った。その後はとりとめのない話をして千鶴さんは帰っていった。
千鶴は、次の日も、その次の日もそれから毎日来て俺を指名してくれた。
最初は、千鶴を気づかっていたが、千鶴はいつ来ても口数が少なくそんなにお金を使うほうではなかったので、一週間が過ぎた日ころ、いつもより高いシャンパンをさり気なくお願いしてみた。
「千鶴さん、今日は出会って一週間記念でこっちのシャンパンで乾杯しない」
「そうですね、記念ですからね」
千鶴は喜んで新しいボトルを入れてくれた。
「じゃあ、一週間記念に乾杯」
高級シャンパンをグラスに注ぐとグラスを合わせた。
「今日は、元気ないみたいだけど、大丈夫」
一応フォローも入れた。
「そんなことないですよ、大丈夫です」
千鶴は、少し無理して笑ったように見えた。
次の日からも、俺が出勤の日は毎日来てくれる千鶴に時々高いお酒を注文した。嫌な顔一つせず笑顔で「はい」と言う千鶴に罪悪感はうすれていった。
千鶴と出会って二週間が過ぎたころ気持ちに少し余裕が出来たせいか、最近は千鶴以外にも店内指名が入るようになった。
お店の閉店後にもオーナーに声をかけられ「お前変わったな、なんかやっとプロっぽくなってきた」と言われるようになった。
指名が入るようになって忙しくなった俺は、お店に来ても口数が少なく元気がない千鶴が来ても相手をすることが少なくなっていた。
高いボトルを入れては、ヘルプにガブ飲みさせたり、席に戻っても数分もしないうちに別の席に行ったりもした。
席を立つと千鶴はさみしそうな顔をしていたが、俺は逆にそれが嫌だった。
そんな時、新規客の西園寺玲子が店に現れた。