今年の8月、JAL123便の墜落事故から40年目となりました。


40年前。


私は20歳。


もちろん、この大事故の記憶はありますが、

当時は大学生。

まだ飛行機にも乗ったことがなかった頃。


大惨事が起きたことはわかっていても、

現実味を持ってとらえていなかったように思います。



今回、改めてこの事故の記事を読みました。



墜落前、32分間に渡る恐怖のフライトの中、

必死の思いで、

家族に遺書を書かれた方が複数人おられました。


遺書を読み、残されたご家族の心中を察すると、涙が止まりませんでした。



どれだけ恐ろしく、どれだけ無念であったことか。


また、ご家族が受けた衝撃の大きさと悲しみの深さは、想像を絶します。



心から、ご冥福をお祈り致します。




亡くなられる数日前。


家族全員で食事をし、

たあいもない話をしたのが

家族での最後のひと時になったという、

河口博次さんの記事がありました。


河口さんは、

「本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」

と、家族への感謝も書き残されていました。

 


考えさせられました。




※ここからは、日航機事故や河口さんのことから離れ、私個人の考えたことになります。





もし、これが家族との最後の食事だとわかっていたら、

どんな感じなんだろう。



これまでの、家族に対する感謝。

いつもは言えなかった、家族への思い。


涙と共に、溢れてくることだろう。



食事は、喉を通らない。


喉を通ったとして、

(ああ、これが最後なのか…)

と思うと、

心から味わうことはできないのではないか。



『人生の最期に食べたいものは、何ですか?』


話のネタとして、よくある質問だ。



自分が答えるなら……


 食べ物より、酒かな。

 まだ飲んだことのない、

 純米大吟醸二割三分の獺祭か、

 赤ワインのロマネコンティを飲んでみたい。


 いや、まてよ。1人じゃ美味しくない。

 最愛の人と、店のカウンターで飲みたいな。

 可能なら、推しの◯◯さんと肩を並べて…


などと、

夢のような思いを巡らせることだろう。



しかし…



それは、現実味のない、仮定の話だからこその思い。


まだ、その時は来ないと思っているから、言える話。



本当に最期と知っての食事だったら、


 メニューなんてどうでもいい。

 この時間が終わらないで欲しい。


 他には何もいらない。

 家族と一緒に、このまま生きていたい。


と、思うだろう。


本当に、美味しいものを心から味わえるのは、

これが最期だ…

なんて、

知らない時 なんだと思う。



食べることは、生きること。


生きられなくなったら、食べる必要はなくなる。


食事を心から楽しめるのは、今だけ。



普通に生きている、今。


平凡な毎日を送っている、今。


余命など考えなくていい、今。




食事以外だって、同じだろう。



最期の旅行。


最期の我が家。


最期の夜。


これが最期の…

とわかっていたら、


そのこと自体を楽しむことなど、

とても、できる自信はない。



だから、“今” なんだ。


これまでと変わらない、“今” 


平凡でありふれた、“今” 


そんな、“今” を大切に生きなくては。



格段、

今が幸せだと感じられなくても、


大切な “今” を精一杯生きて


大切な “今” を楽しんで


大切な “今” を積み重ねて。



最期に人生を振り返った時、


 今まで、幸せだったな


と思えるように。