幸せだと思うのに、幸せと思えない自分がいる。
詳しく言うと、
客観的に見たら、多分、幸せだと思うのに、
主観的に、幸せだと思えない自分がいる。
しあわせは、いつもじぶんのこころがきめる。
(相田みつをさん)
そう。
私は、幸せを実感できない…。
ちょっと待てよ。
さっき、客観的に見て幸せ、と言ったけど、
幸せの根拠 は何?
○ 還暦まで大病もせず、事件や事故に巻き込まれることなく、過ごして来れたこと。
○ 経済的に困ることなく、ある程度の貯金や財産を蓄えながら生活てしていること。
○ 転職して、自分がやりたい仕事をやれていること。
○ 高齢の両親共に健在だし、子供たちも独立して
健康に暮らしていること。
などなど
だとしたら、これらが、
自分が考えている、『幸せ』
の定義ってことか。
平凡な日常こそが、幸せってこと。
異論なし。
平凡なんだから、
毎日、
それほど幸せ実感がないとしても、
仕方ないのかもしれない。
この、平凡な日常というのを、
世間一般の
暮らしの平均値
と考えるとしたら。
暮らし偏差値60以上なら、幸せか?
いや、55以上くらいでも、十分幸せか?
でも、それって結局のところ、
比べている幸せ
なんだよな。
世間一般と比べて…
他人と比べて…
うーん、違う気がする。
幸せは、主観的なもの。
他人と比べた “相対評価” ではなく、
自分自身の “絶対評価” でなくては、
ならないのではないか。
※続編(いつかは不明)あり。