※記事108の続編になります。
昭和50年代、母校E高の“ふてほど”応援練習の様子です。
入学したての一年生の教室に、校内放送が流れます。
「応援団より、一年生に告ぐ。本日、午後◯時より、
体育館にて、応援練習を行う。
時間厳守で集合すること。」❤️🔥
教室に緊張が漂います。
高校に入って、最初で最大の難関は、
この『応援練習』でした。
放課後、体育館に入るや否や、
「遅せえぞ! 早くしろー‼︎」
いきなりの怒鳴り声。
慌てて、上履き(サンダルでした)を手に、
一糸乱れず整列する一年生。
「明日までに、校歌を覚えてくること。」
「返事は⁉︎」
「はいっ!!」
「ちいしゃー!!!」(小さいの意)
「はいっ!!!!」
こんな感じで、次の日までに
歌を覚えて来るという、命が下されます。
翌日。
再び体育館に整列した一年生の間を、
応援団と三年生有志が歩き回ります。
顔面蒼白で歌い続ける一年生の隣に止まり、
じっと歌声を聴き続ける三年生。
歌声が小さかったり、
歌詞を間違えたりすると、
「前に出ろ!!」
と引っ張り出されます。
取り出され、残された一年生は、
校舎屋上に集められます。
泣きそうになりながら、
居残り練習が終わる頃には、
辺りはもう薄暗くなっていました🌇
(4月だったので、18時くらいだったのかな?)
こんな感じで、
校歌と、
確か6〜7曲ほどあった応援歌を、
徹底的に覚えさせられました。
“嗚呼昧爽の星の影”
“欣求の腕翳しつつ”
“髀肉の嘆に胸踊る”
“乾坤浩気満ち渡り”
…etc
※読めますか? 意味がわかりますか?
伝統あるE高の校歌や応援歌は、
難しい文語調の歌詞ばかり。
意味が分からないものを暗唱するって、
難しい!
高校入りたてで、授業もわからないし、宿題も、もちろん大変!
でも、それ以上に、一年生が必死だったのは、
歌詞を覚えて、歌えるようにすることでした。
今だったら、
「応援練習が原因で、うちの子は、不登校に……。」
なんて、
高校とはいえ、
保護者からクレームが来るかもしれませんね😅
当時は、これが原因で不登校になったという話も聞かなかったし、
忍耐力や礼儀正しさなど、
社会の荒波の中で『生きる力』
を身に付ける、良い (???) 機会になっていたことでしょう。
でも……
正直言って、あの頃はつらかった🥹
もう、やりたくありません❗️