“運動会の怪”シリーズの最後は、

やっぱり、“クレーム”です!



以下は、私の経験ではなく、現役教員に聞いた話です。


細かい事は忘れましたので(笑)、こんな感じの話でした。


※というわけで、以下の話は、事実に基づいて創作したフィクションです。




運動会の個人走が終わった後のことでした。


一人の保護者(父親)がスマホを手に、教員たちが集う本部にやって来ました。


「この映像見るとわかるんだけど〜、勝ったのはうちの子だよねー。 ほら!」


スマホの映像を見ると、確かに、その保護者の言う通りです。

わずかな差でしたが、トップでゴールテーブを切ったのは、映像に映っている、そのお父さんの娘さんでした。


「うちの子、1位なのに、2位のリボンもらって帰って来て、悔しくて泣いてんだよ。訂正してよ、訂正。」


「あの、訂正と言いますと?」


「さっきのレース結果に間違いがありました。一位は、〇〇さんでした。って、放送すればいいじゃない。

リボンも1位のと交換してよ。それが事実なんだからさぁ。」


「……。」



スマホ撮影が当たり前の現在、こんな話は、きっと全国の運動会で起こっているのではないでしょうか。


ゴールの瞬間に限らず、競技途中の反則行為(走路妨害など)についても、映像を証拠(タテ)にして、勝敗結果の訂正を求める保護者も、出てこないとは限りません。

 


運動会は、いうまでもなく、教育の一環です。


勝敗、順位の決定についても、結審係の教員と子供たちが、肉眼で判定し、際どい時は互いに相談し合って判断するのが一般的です。


当然、人間による判定ですから、間違いも出て来ますが、プロの競技とは違って、ビデオ判定を導入したりはしません。

※これから先は、わかりませんけどね…。



なぜなら、運動会にとって、“勝敗”は二の次であり、“勝利”や“優勝”というのは、“目標”ではあっても、“目的”ではない からです。


つまりは、勝っても負けても、運動会の意義からしたら、大した事ではないのです。




勝ち負けよりも大切なのは、練習の過程で得られるもの……


それは、例えば、


目標に向けた日々の努力の積み重ねであり、


同じ目標を持った仲間との協力の絆であり、


成功した達成感 および  失敗した悔しさを元にした、その後の人間的な成長 なのです。



教員たちは、これらのことを頭に入れながらクラスの子供たちを鼓舞し、運動会の勝利や優勝に向けてクラスが一致団結し、まとまっていく、この上ない機会とする(はず!)のです。



もちろん、担任だって勝ちたいし、勝たせてあげたいと思ってますから、勝つに越した事はありません。

勝てば、子供と一緒に大喜びします。



それでも、勝つクラスがあれば、必ず負けるクラスがあり、

1位の子がいれば、必ずビリの子がいるわけです。



その どちらの立場になった子供たちにも、同じように教育的価値を持たせ、人として成長させることができなければ、学校教育の平等性は損なわれる のですから、勝敗は二の次、三の次であることは、ご理解いただけると思います。



それを、大人たちが、勝利至上主義で熱くなり(過ぎ)、勝敗や順位にこだわり(過ぎ)、子どもたちを差し置いて先生たちにクレームをつける姿を見せ付けている…。



そんなおかしな現状に対しても、

正論を振りかざし、己の立場を主張することができないのが、

今の学校であり、カスハラ全盛の日本社会なのですね😞

どこか間違ってるよなぁ…