※記事42の続きです。


人生のマイナーチェンジとは?》


※前回42の記事の続きになります。

K先生にアドバイスされた、「人生のマイナーチェンジ」について考えます。




目標値に及ばないと、

がっかりして落ち込んだり、


(ああ、できない……。 自分はダメだぁ。)😔


と思ってしまう自分を変えるということ。



目標値を引き下げ、

100点でなくても、満足できる自分になる。


(まぁ、いいか。 このくらいできれば十分だ。)🤔


と思えるようになること。


なのかな?



自分は、新しいことを始める前に、思い切り不安になります。(かなりの心配症です。)


その結果、第一歩を踏み出すことをやめてしまうことがあります。


(できなかったら ≒ 目標値の100に及ばなかったら、どうしよう!)


(やれる自信ないから、やめようておこう…。)


と思うのかもしれません。




K先生は、ご自身の心療内科医師としてのスタンスについて、こんな風におっしゃいました。



「相手の要求は、相手に返します。


医師として、できることはやりますが、最後は、本人が困ったり、解決したりしなくてはならないことです。


自分(K先生)が抱え込んではいけない。


隣を一緒に歩くことはできても、おぶってあげることは、ずっとはできません。


相手が100人になったら、絶対にできません。


できないことは、無理に抱え込まず、相手に返すのです。


真正面から受け止めて、エネルギーを使い切ってしまったら、次の患者さんに向き合えませんから。」



なるほど🧐


教員としての自分も、30名前後の子どもたちを受け持っていましたから、ある意味、適当に、やっていました。


気持ちとしては、すべての子を見てあげたい、勉強が分かるようにしてあげたい、悩みを解決してあげたい…と思っていても、それは絶対無理だと分かっていたから。


教師としてまだ未熟だとの自覚があり、

適当であっても、よし!と割り切れた若き日の自分。


その頃に比べて、心身共に衰えてきた50代の自分は、若い頃のように、

子供たちの話題についていけなくなり、

一緒に全力で走り回れなくなり、

学年主任という若手教員を束ねる責任を負いながら、

目標値から遠ざかるばかりの不甲斐ない自分を、

適当に割り切ることができなくなっていたのかもしれません。



実際には、年の功で、若い頃よりもできるようになったことも、たくさんあるはずなのにな。



つまりは、気持ちのもちよう。


考え方次第。



若い頃のようにできなくても、

今の自分ができることに満足して


ある意味、適当に!

自分の人生を肯定的にとらえ、

楽しく生きていけるように、

考え方を変えていけたら、


それが “人生のマイナーチェンジ” になるのかも、と思います。



次回は(いつの投稿になるかわかりませんが…www)、

このテーマを、さらに具体的に考えてみたいと思います!