3月31日に退職し、日を空けずに4月1日から地元のバス会社に採用してもらいました。
教員時代は、公立学校共済組合の健康保険に入っていました。再就職までの期間が空くと、国民健康保険に入り、また再就職先の健康保険に、という手続きになるため、間を空けずに再就職したわけです。
また、退職後は気が抜けてしまい、再就職が嫌になってしまいそうな気がしたことも理由のひとつでした。
しかしながら、2月末に独り暮らしで亡くなった姉の死後手続きや遺産相続。落ち込んでいる両親の心配。自分自身の35年間の気持ちと物の整理。「ひと月休んだら?」という息子の一言で、(やっぱり休むか…。)と思い直し、4月一杯は欠勤扱いとしてもらい、実質5月1日採用とさせてもらいました。
さて、人生でほぼ初めての無職期間。
(退職したら、どんなに自由だろう…❤︎)
と思いながらがんばって仕事をしてきた、ついにその時が来たのです。朝、目が覚めた時、
(ああ、もう仕事に行かなくていいんだ!)という解放感は、何とも言えないうれしさがありました
(今日は、何をして過ごそうか。)
よく言えば、主体的に1日が始まります。縛られるものがない、追われるものがない時。人は、何をしようか、どう生きようか、考えるものなんですね。
今の教員は、忙し過ぎると言われます。
常に仕事に追われている中で、どんな学級経営をしていこうか、授業のどこをどう工夫していこうか、◯◯さんの苦手克服のために何をしてあげようか…。
自分の時間や家庭を犠牲にしても、より良い仕事、より良い教育をしようと努力し続ける日本の先生方は、本当にすごいと思います。
そこに甘え続けて、教員定数増、1クラス当たりの児童生徒数減、働き方改革等々を怠ってきた国の姿勢が、今の教員不足につながっています。
最近は、すっかり使われなくなった〝ゆとり〟ある学校、子供たち、先生方、はやっぱり大事だと感じます。