もしかしたら祇園杏はこの世界に居ないのでは。何故そんな発想が思い浮かぶのかは分からないが、妙な妄想が頭を過った。思い詰めた表情で新聞記事を見つめていると、老人は迷惑そうに僕を睨み、新聞を閉じると煙草に火を付け体を横に背けた。暫くするとハンバーグが来た。先程の胸騒ぎが拭いきれず、ハンバーグの味が殆ど分からなかった。しかし腹は満たされた。店を出ると思考を巡らせていた緊張の糸が一瞬だけ途切れた。それと同時に疲労感と眠気に襲われた。漫画喫茶かカラオケボックスに泊まろうかと考えている矢先だった。


「ちょっとすみません」


二人の警察官だった。瞬時に僕は逃走していた。捜索願を出したのだと思った。捕まったら記憶を消されてしまう。振り出しに戻されるのはごめんだ。警察官の笛の音と叱咤が繁華街に鳴り響く。


「おい、何で逃げるんだ」


人と人の間を縫うように通り抜け、ビルとビルの間を抜け、建物の隙間に入り込んだ。エアコンの室外機に隠れる様に僕はその場に蹲った。警察官の声が聞こえなくなっても暫くの間動く事ができなかった。アンモニア臭と排水溝の異臭が辺りを立ち込めた。