その普段の大人しさから想像もつかない程の力強さと影のある旋律に僕は感銘を受けた。僕は次第に彼女に興味を持ち出した。それと同時に僕の陽葵に対する態度は当てつけという歪んだ形に変わっていった。
僕は陽葵の前でいかにも仲良さげに杏と会話をし、陽葵の気を引こうとしていた。自分でも自分がこんなにも意地悪の働く人間なのかと暫し慙愧の念に晒された。それだけ僕は陽葵の事が好き過ぎて陽葵に対して歪んでいった。
だからと言って、当て付けに杏を利用するなどといった気持ちは毛頭無かった。杏には陽葵には無い確かな魅力があった。心理的に成熟していて、どこまでも深い沼に僕は引き込まれていった。
やがて陽葵も僕達の事が気になり出し話しかけてきた。
「最近、三輪本さんと祇園さんの仲が良いともっぱら噂になっているみたいですよ」
「ええ、そうですか」
僕はまるで見知らぬ他人と話すかの様にそっけなく返した。まるで初めて出会った頃の様に僕は二人の間の時間軸を元に戻した。
内心は気にかけてくれた事がとても嬉しかったのだが、二人の間に何も無かったかの様に振る舞える程、僕は大人ではなかった。僕は陽葵の事を許せない程愛していた。