僕はバックに歯ブラシや数枚の下着などを詰め込み、陽葵と昔カジカで撮ったフォトフレームを手にした。もしかしたらこの写真に映し出された陽葵さえも虚像であるかも知れない。そう思うと涙が込み上げて来た。簡単に忘れる事の出来ない大切な思い出を、簡単に操作しようとする者に怒りを覚えた。


 自分の記憶に著しく変化を感じたのは、やはりマスと飲んだ翌朝の出来事だ。この家を離れる前にどうしても確かめてみたい事があった。僕はマスに電話してみる事にした。

「おおどうした?」

マスは変わらず元気そうだった。

「マス、急で悪いんだけどちょっと聞きたい事があるんだ」

「悪い、今取り込み中だから後でかけ直すよ」

「いや、今じゃ無いと困るんだ、すぐ終わるから」

「何だよ聴きたい事って」

「最後に飲んだ日の事覚えているか?」

「ああ随分前だよな、そう言えば最近お前と飲んで無いよな、どうだ今日あたり」

「いや、今日は俺用事あるから。そのマスと飲んだ日に記憶を無くしてしまったみたいなんだ。俺マスに何か迷惑かけてないよな」

「お前にしては珍しいな、あの日は普通に帰っていったよ」

「そうか、それならいいんだ」

変に思われるかも知れないが、一番聞きたかった事を切り出した。

「あともう一つ聞きたい事があるんだけどさ、祇園て人知ってる?」

「ああ、お前の元カノだろ?寄りでも戻したのか?」



僕は自分の耳を、記憶を疑った。