「燃えろ!!プロ野球」発売から早34年! | VBCテレビブログ放送

「燃えろ!!プロ野球」発売から早34年!

今は無きゲームメーカー・ジャレコからファミコンソフト「燃えろ!!プロ野球」が発売されてから、早34年が経ちました。

ファミコンの野球ゲームとしては、「ベースボール」(任天堂)、「プロ野球ファミリースタジアム」(ナムコ)に続くファミコン第3の野球ゲームとして発売されましたが、当初「ベースボール」に似た画面構成として開発も、「プロ野球ファミリースタジアム」の出来の良さに衝撃を受けて一からゲームを作り直したという。

結果的に、テレビ中継を想起させる様なピッチャー側から見たメイン画面と、ファミコンソフト初の音声合成チップの搭載で審判のジャッジが声で判定される等、「ベースボール」・「プロ野球ファミリースタジアム」とは全く違ったゲーム内容となり、『都心にビル1つ建てられた』というぐらいのメガヒット作に。

後にシリーズ化されましたが、"初代"が158万本もの売れ行きをマークし最も高いセールスを記録。当時のファミコンブームとも相まってメガヒットしたのですが、まだ野球ゲームが少なかったことも幸いしメガヒットしたのでしょう。

しかし、初期ロットでは『ファールの後はどんな投球でもストライク判定される』・『スリーバント失敗で次の打者の打順が飛ばされる』等といった"バグ"が存在し苦情も殺到したことから、当時のジャレコでは苦情が来る度にマスクROMをいじって"改良"し続けたという。どれだけ改良したか?は、もはや制作者ですら分からないとか。

一旦製造されたROMカートリッジに組み込まれた基盤を再び分解して、修正プログラムの入ったマスクROMを"手作業"で入れ替えて、出荷場に横付けして待機していた長距離トラックの荷台に詰め込み・・市場でも『品薄で客から苦情が殺到しているから早く出荷して欲しい』という要望がこれまた殺到した為、夜通しで手作業し続けたという。

最後はROMカートリッジが足りなくなり、(あんまり売れなかった)「妖怪倶楽部」のROMカートリッジ(黒色)を流用して出荷。

ただ、『一部の強打者はバントでホームランになる』等といった数々のバグプレイから『クソゲー』のレッテルも貼られてしまい、人気は回を追うごとに落ち込んでいきました。

当時としては、豊富な選手数やリアルなグラフィック、迫力の音声合成等、良くも悪くもジャレコを象徴する作品にはなったと思います。会社そのものが無くなってしまったのが残念でならないですけどね。


'87年というと、プロ野球界そのものも"スター"選手の多い時代でもありました。良い時代だったなぁ・・・(遠い目)





(C)1987 JALECO
「燃えろ!!プロ野球」のヒットに端を発し、様々な「燃えろ!!」スポーツシリーズが発売されましたが、総じて不人気でした・・・。/(C)CITY CONNECTION