長女の蕁麻疹が出始めたのは
春休みに入ってからのこと
初めは食物アレルギーだと思っていた
添加物・小麦・砂糖、、、
そういうものが
引き起こしていると思った
よく観察していると
食後だけに蕁麻疹が出てくるわけでもなかった
特定の場所だけに出るわけでもなく
時無しに全身に出てくる
昨年春から中学入学して
1年間よく走り続けたと思う
30~40分かけての登校
次々やってくるテスト
部活
先生や友達との関わり
日々寝るのも遅くて睡眠不足も続いていたと
思う
いろんな感情も疲れも蓄積していたと思う
部活がない春休み
朝は目が覚めるまで寝れる
とにかく早めに寝てカラダを休息させることが
大切と思ってそう伝えた
数日続くので、病院受診をした
皮膚が痒いのは、皮膚からデトックスしてるし
便から原因物質が排出されたら蕁麻疹も終わるとのことで診察は終わった
蕁麻疹とはそういうものだと
長男の蕁麻疹の時にすでに知っていた
長男は全身に蕁麻疹が出たときは
下痢が起きて、症状が消失した
長男は経過が早かった。1日で完了していた。
でも長女は違った
蕁麻疹の出方もじわじわ、ゆっくり
1週間以上続いている
なかなか、症状が変わらないから
わたしは彼女の内面のケアを、と思い始めた
蕁麻疹が出てから
寝るときに私と一緒に寝室に行くことを
希望し始めた
(今までもよくあった)
最初はめんどくさい、と思っていたけれど
ある時に、娘と布団を並べて寝ようと思った
私も寝る前に子供たちと話ながら寝るのは
好きな時間だ
お互いリラックスしていて
いろんな話ができる
話が尽きないこともよくある
そんな時間を今長女としっかり持ちたい、と思った
そんな時
たまたま気になって見たYouTubeで
「思考が現実を創る」という内容の動画を見た
いいことも
悪いことも
どんなことも自分の思考が目の前の現実を作り出しているんだと、認めること
向き合うべきは他人ではなく
自分の心だ、と
このことも、すでに知っていた
でも、実際私は長女のことばかりを考えていた
自分の心と向き合うことから目を背けていたのだった
だから自分を振り返った
すると、ある思考が見えてきた
長女は中学に入り、ある先生のことがキライだった
私から見たらキライを通り越してシャッターを閉めているように感じていた
娘の蕁麻疹は、
あの先生のせいだ!
そして
中学のテストに部活に忙しいカリキュラムのせいだ!
って思っていた自分に気がついたのだ
娘をつらくさせやがって!!!
こんな怒りが私の中にあった
それは、娘には楽しく元気に学校に行って欲しい
という私の願い、そして娘への愛であるのだが、、
犯人を標的にした先に
無意識にあった私の思考は
そういう外的なものから守ってあげないと
だった
なぜならわたしは両親からそうしてもらってきたから
何かが起これば次に同じことが起きないようにと原因であろうものを排除して、先回りして守ろうとする
その行動自体は一見、親の愛にも感じられるけど
でも
「子供に何があっても乗り越えられる、と信じていない」
「乗り越えられないから、何とかしてあげなきゃ」
という思考が見える
そう、それは結果
「わたしは信じてもらってない」
と感じ
「わたしは乗り越えられないんだ」
になる
私は両親からしてもらったことを
そのまま娘にしようとしていた
でも本当は、
娘には何があっても乗り越えられる力がある
と信じたい
あなたなら大丈夫
と思いたい
こんな気付きをしてから
全身から痒みを出しながら蕁麻疹を出していく彼女のデトックスの力に目を向けられるようになった
彼女なりのペースで
全身からゆっくり排出している
大丈夫
出して出して出したら
身体がリセットされる
痒みが出ているとき
心配しすぎたらそれはそれで余計不安にさせるかな?と軽く大丈夫だってと言ってた
でも痒いときにそばにいて冷やしたり
話をする
ただそばにいて、一緒にそこにいる
そんな寄り添いがあったら
自分だったら安心できるし嬉しい
だから私はそれを娘にしたいと思う
蕁麻疹がすぐに引かないのは
私に手放せる不要な思考があるからだと気づいてほしかったから、だと思った
娘よ、ありがとう。