コロナ以来

5年ぶりにデイサービスで看護師として

働いた

 

「カイテク」で。



分からないことはちゃんと聞くこと

焦らず、落ち着いて一つ一つの業務をこなすこと



この2点を意識して仕事に挑んだ


 

主な仕事は

利用者さんのバイタル測定

血糖値測定・インスリン注射・血糖値測定見守り

皮膚処置・吸引・食事介助

 


自分のペースでバイタル測定をした

飲水も合間にした

どこにゴミを捨てればよいか聞いた

血糖測定の針が始めて見るもので、使い方を聞いた



看護師何年だからとか

経験があるとか

自分はできるというプライドを捨て

今の自分


今までの医療の経験

デイサービスでの経験が役に立た



4時間あっという間だった



穏やかな雰囲気の環境で

優しいスタッフばかりで

気持ちよく働くことができた



緊張したけれど

また一つ働く選択肢が増えたようで嬉しかった

 

 


長女の蕁麻疹が出始めたのは

春休みに入ってからのこと

 

初めは食物アレルギーだと思っていた

添加物・小麦・砂糖、、、

 

そういうものが

引き起こしていると思った

 

 

よく観察していると

食後だけに蕁麻疹が出てくるわけでもなかった

 

特定の場所だけに出るわけでもなく


時無しに全身に出てくる

 

 

昨年春から中学入学して

1年間よく走り続けたと思う

 


30~40分かけての登校

次々やってくるテスト

部活

先生や友達との関わり



日々寝るのも遅くて睡眠不足も続いていたと

思う

いろんな感情も疲れも蓄積していたと思う

 

 

部活がない春休み

朝は目が覚めるまで寝れる

とにかく早めに寝てカラダを休息させることが

大切と思ってそう伝えた

 

 

数日続くので、病院受診をした

皮膚が痒いのは、皮膚からデトックスしてるし

便から原因物質が排出されたら蕁麻疹も終わるとのことで診察は終わった

 


蕁麻疹とはそういうものだと

長男の蕁麻疹の時にすでに知っていた

 


長男は全身に蕁麻疹が出たときは

下痢が起きて、症状が消失した



長男は経過が早かった。1日で完了していた。

 

 


でも長女は違った

蕁麻疹の出方もじわじわ、ゆっくり

1週間以上続いている

 

 

なかなか、症状が変わらないから

わたしは彼女の内面のケアを、と思い始めた



蕁麻疹が出てから

寝るときに私と一緒に寝室に行くことを

希望し始めた

(今までもよくあった)

 

最初はめんどくさい、と思っていたけれど

ある時に、娘と布団を並べて寝ようと思った

 

私も寝る前に子供たちと話ながら寝るのは

好きな時間だ


お互いリラックスしていて

いろんな話ができる

 

話が尽きないこともよくある



そんな時間を今長女としっかり持ちたい、と思った




そんな時

たまたま気になって見たYouTubeで

「思考が現実を創る」という内容の動画を見た

  


いいことも

悪いことも

どんなことも自分の思考が目の前の現実を作り出しているんだと、認めること


向き合うべきは他人ではなく

自分の心だ、と


 


このことも、すでに知っていた

でも、実際私は長女のことばかりを考えていた

自分の心と向き合うことから目を背けていたのだった


 

だから自分を振り返った



すると、ある思考が見えてきた

 


長女は中学に入り、ある先生のことがキライだった


私から見たらキライを通り越してシャッターを閉めているように感じていた

 


娘の蕁麻疹は、


あの先生のせいだ!

そして

中学のテストに部活に忙しいカリキュラムのせいだ!


って思っていた自分に気がついたのだ

    


娘をつらくさせやがって!!!

こんな怒りが私の中にあった

 

 

それは、娘には楽しく元気に学校に行って欲しい

という私の願い、そして娘への愛であるのだが、、



犯人を標的にした先に

無意識にあった私の思考は

そういう外的なものから守ってあげないと

だった



なぜならわたしは両親からそうしてもらってきたから


何かが起これば次に同じことが起きないようにと原因であろうものを排除して、先回りして守ろうとする


その行動自体は一見、親の愛にも感じられるけど

でも

「子供に何があっても乗り越えられる、と信じていない」

「乗り越えられないから、何とかしてあげなきゃ」


という思考が見える

 

 

そう、それは結果

「わたしは信じてもらってない」

と感じ

「わたしは乗り越えられないんだ」

になる



私は両親からしてもらったことを

そのまま娘にしようとしていた

 


でも本当は、

娘には何があっても乗り越えられる力がある

と信じたい


あなたなら大丈夫

と思いたい

 


こんな気付きをしてから

全身から痒みを出しながら蕁麻疹を出していく彼女のデトックスの力に目を向けられるようになった

 

彼女なりのペースで

全身からゆっくり排出している

大丈夫


出して出して出したら

身体がリセットされる


 

痒みが出ているとき

心配しすぎたらそれはそれで余計不安にさせるかな?と軽く大丈夫だってと言ってた

 

でも痒いときにそばにいて冷やしたり

話をする


ただそばにいて、一緒にそこにいる



そんな寄り添いがあったら

自分だったら安心できるし嬉しい

 

 

だから私はそれを娘にしたいと思う

 

 

 

蕁麻疹がすぐに引かないのは

私に手放せる不要な思考があるからだと気づいてほしかったから、だと思った

 

 

娘よ、ありがとう。

 

 







 


 


 


パートで私がお昼に退勤する時に

お昼休憩しているパートさんたちから

帰りに食べてきな、と

色々頂くことがよくある

  


少し前から

これ、賞味期限ちょっとすぎてるけど

と言いつつ菓子パンや未開封のものを頂くことが

数回あった 

 

 

私は『賞味期限切れ』に多少反応しつつも

相手の好意を受けとるかのように

そのものを受けとっていた


 

今日、久しぶりに

『賞味期限切れ』のジャムパンを頂いて

なんとも言えない気持ちになったアセアセ

 

 

別に我が家も賞味期限切れ、食べるけど。。



でも。。。




そこで、ハッとした‼️

 

 

私はスーパーで買い物するとき

値引きシールの貼ってあるものを

むしろそれを買うことがよくあることに

気がついたびっくり

 

 

日常的に自分にやってるじゃん!!!


 

安さで選ぶことを。




本当は安さじゃなくて

美味しさで選びたい



賞味期限が近くなると言うことは

作られてから時間が経過しているということ


もちろん長持ちするものも

あるでしょう


でも作られたすぐが美味しいことも

ちゃんと知っている

 

 

安さに目がくらみ

自分を大切にしていなかったがゆえに

こうして目の前の現象として

『賞味期限切れのものをもらう』

ことが続いたのだと思った

 

 


自分の身体に入れるものを

わたしの身体が心が歓ぶかどうか、で

選んでいく‼️