高校からがんこな不眠に悩まされ続けていた筆者が、睡眠の謎や、快眠のノウハウなどについて訊いた。
筆者は事前に、教授が立ち上げたベンチャー企業「S,UIMIN」で2日にかけて脳波を計った。
1日目は、8時間眠ったが、中途覚醒が2時間近くあった、2日目は9時間強の睡眠で、中途覚醒が1時間ほどあった。まずはその結果を見てもらった。
「この脳波はあまりよくありませんね。点のような中途覚醒がたくさんあるし、まどろみレベルの睡眠が多い代わりに、一番深い睡眠がほとんど出ていません。これではぐっすり寝た気がしないんじゃないですか。
睡眠はこれまで、各自の主観で語られてきました。人が眠れているのか、いないのかは、個々の感じ方でしかなかったわけです。しかし、睡眠は本来、脳波を取って初めて分かるものです。ぐっすり眠っているように思えても、実は眠れていなかったりする。
その逆もあり、3時間しか眠れないと訴えている不眠症患者さんの脳波を取ったら、実は8時間寝ていると分かることがあります。こうしたギャップを『睡眠誤認』と言うのですが、脳波を取るとよく眠れていますよ、と患者さんに告げると、途端に不眠が解消する場合もあります。1人でも多くの人が脳波を取ることで、睡眠を『見える化』したい、と私は考えているのです」
教授が1990年代後半に睡眠制御に関わる神経伝達物質である「オレキシン」を発見し、それが新しい睡眠薬の創薬につながった。
「オレキシンとは脳内にある覚醒物質の親玉であり、これが欠落すると覚醒を維持できなくなり、『ナルコレプシー』という強烈な眠気をもたらす病気になります。オレキシンを使って、この数年で、覚醒中枢における『オレキシン』の受容体をブロックすることで自然な眠りを引き起こす新しい睡眠薬ができました。現在、『デエビゴ』(エーザイ社)と『ベルソムラ』(メルク社)として販売されています。
1960年代に作られたベンゾジアゼピン系の睡眠薬とは違って、依存性や耐性、反跳(はんちょう)不眠といったリバウンドはありません。ふらつきや転倒もきたしにくい。健忘や認知機能の低下もなく、アルコールとの相互作用も少ない。現在では、ベンゾ系の薬にとって代わり、不眠治療の臨床の現場における第一選択肢の薬となっています。
脳内の覚醒物質をブロックして眠りにつくようにする薬なので、脳波も自然です。ベンゾ系の薬を服用した場合、睡眠薬特有の脳波が出るのですが、それもない。脳波だけを見ると、普通の眠りと区別がつきません。非常にいい睡眠薬です。まぁ、こうやって宣伝しても、発見と創薬は別ですので、私には1円も入ってくるわけではありませんが(笑)」
ショートスリーパーはほぼ自称
不眠とはコインの裏と表の関係にある睡眠については、現時点で、どのぐらい分かってきているのか。
「睡眠は、『ししおどし』にたとえると分かりやすくなります。『ししおどし』の竹の筒に出入りする水が眠気とすると、筒は眠気を蓄積する計測器です。ある一定程度の水(=眠気)が溜まると、『ししおどし』がカタンと傾いて、水が流れ出す。竹の筒が上を向いて水が、15~16時間かけて、ちょろちょろと入っているのが覚醒の状態です。それが、眠気という水位が上がって、カタンと傾くと睡眠の状態となります。平均的な場合、眠気が7~8時間かけて流れ出ていきます。
ただし、眠気とはいったいなんなのか、どうやって眠気の量を測定するのか、その眠気がどうやって覚醒と睡眠に切り替わるのかについては、まだ2~3割しか分かっていません」
睡眠の重要性がこの数年で、日本で認識され始めたのは、「睡眠負債」(慢性的な睡眠不足の負債)が心身に悪影響をもたらすことが明らかになってきたからだ。
「睡眠負債が、どれだけ脳の機能を落とすかといえば、一晩徹夜するだけで、翌日のパフォーマンスはガタ落ちになります。血中アルコール濃度の0.1%と同程度で、酩酊状態。これでは仕事がはかどらない。
しかし、本当に怖いのは、日々の睡眠不足の積み重ねでも同じような結果をもたらすという点です。
平均的な睡眠時間が7時間から8時間に収まるにもかかわらず、1日4時間の睡眠を4~5日続けたり、1日6時間の睡眠を10日続けたりすれば“完徹”と同等までパフォーマンスが落ちる。
だけれども、眠気に強い人だと、眠たいという自覚がありません。自覚がないので、能率が悪いまま仕事や生活をしていることにもなりかねないのです。こうしてウィークデーに溜まった睡眠負債は、週末の2日だけでは返済しきれません。すると、睡眠負債が残ったまま、翌週に持ち越すことになります」
しかし、世の中には、ショートスリーパーだから大丈夫だと主張する人も少なくない。
「睡眠時間が6時間以下でも問題がないという、真正のショートスリーパーもいるにはいますが、それは数百人に1人程度で非常にまれです。自称ショートスリーパーの99%以上はただの寝不足であり、そのことに気づいていない人たちです。
睡眠を削ってでも勉強したほうがいいという一昔前までの考えは、まったく間違っています。先に述べた通り、睡眠不足だと脳のパフォーマンスが落ちるのに加え、睡眠には記憶を整理して長期記憶として定着させる働きがあることが分かっています。
また、眠ることで洞察力がつき、それまで見えてこなかった物事のつながりなどが見えてくるという実験結果もあります。眠る時間を削って勉強するのは、科学に反したやり方なのです。
さらに寝すぎという言葉は誤解を招きます。人は必要以上に眠ることはできないようになっているからです。自称ショートスリーパーも、受験生も、1時間でも2時間でも多く眠るほうが、良い結果につながります」
睡眠負債は、人びとの健康面にどのような悪影響を及ぼすのだろうか。
「まずうつ病などのメンタルな不調に陥りやすくなります。また、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症……などといった成人病にかかりやすくなります。がんのリスクも高まる。新型コロナの時に言われたように、感染症に罹患するリスクも上がります。
何より、肥満になりやすいのです。9時間睡眠と4時間睡眠で比べた場合、4時間睡眠は、1日当たりの必要カロリーが増え、体重も増え、2週間で体脂肪率が11%も増加することが分かっています」