2024年2月17日、日本経済新聞に「〈アジア発ヒット〉映画「ソウルの春」(韓国) 若年層、現代史に関心」と題する300字ほどの短信が掲載された。署名はソウル支局の細川幸太郎記者である。日本経済新聞電子版で細川記者を検索すると、2019年ころからソウル駐在記者としての記事がある。

映画『ソウルの春』ポスター

 短信の書き出しには、「韓国で現代史への関心が高まっている。2023年11月公開の映画「ソウルの春」が1312万人の観客を動員した」とある。映画は、1979年12月に全斗煥(チョン・ドゥファン)(のちの大統領)が中心となって起こした軍内部のクーデターに取材したものである。

 そして、最後は「韓国の歴史映画といえば、旧日本軍に打ち勝つものが定番だった。日韓関係の改善を背景にこうした映画は鳴りを潜め、自らの現代史に向き合う作品が生まれている」と結んでいる。


 しかし、韓国現代史を扱うもので多くの観客を動員した映画は、「旧日本軍に打ち勝つものが定番」とはいえない「自らの現代史に向き合う作品」がいくつもある。
 記者は、中国映画と勘違いしているのではないか。

 実際に鑑賞した映画を含めて今世紀に制作されたものを紹介する。史実に取材したものとまったくのフィクションがある。

<史実に取材した映画>
シルミド』(2003年)
 1971年、韓国政府による金日成(キム・イルソン)暗殺計画のために組織された死刑囚からなる部隊(684部隊)の悲惨な結末に至る物語。
 この映画は日本でもヒットした。韓国政府が正規の組織とはいいがたい組織を編成してまで北朝鮮主席を暗殺しようとしたことに驚きを覚えた。後ろめたいからこそ死刑囚を動員したともいえる。

映画「シルミド」ポスター

弁護人』(2013年)
 全斗煥(チョン・ドゥファン)軍事政権下での弾圧事件「釜林事件」をもとにしたもの。その弁護を引き受けた盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領(1946年生-2009年没)の弁護士時代をモデルとした映画。
 映画評は「映画『弁護人』 韓国の負の歴史を娯楽性を含んで上手に描く」と題して2021年8月26日に当ブログに投稿した。ブログ記事には書かなかったが、ソン・ガンホ(송 강호)の演技に感動した。


 「光州事件」(「5.18民主化運動」)を取り上げた作品は複数ある。光州事件は、韓国南西部の光州市で1980年5月18日に始まり10日間ほど続いた全斗煥(チョン・ドゥファン)軍事政権に抵抗する民主化運動とその運動への弾圧である。

タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)
 光州事件を取材し、世界に発信したドイツ人記者(ドイツ公共放送ARDの東京特派員)と平凡なタクシー運転手を描いた実話をもとにした映画。記者はピーター(実名:ユルゲン・ヒンツペーター)、タクシー運転手マンソプ(実名:キム・サボク)。映画の最後にはヒンツペーター自身も登場する。
 この映画もソン・ガンホが主演。おカネを稼ぎたいという動機からソウルから釜山まで(片道300km以上)の仕事を横取りして記者を乗せる。送り届けて釜山から引き返そうとする彼を記者が押しとどめ、おカネだけではないと意識に目覚める彼。波乱の日が続き、死を賭しての同業のタクシー運転手たちの助けを得てソウルに帰ることができる。

映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」ポスター

1987、ある闘いの真実』(2017年)
 1987年1月、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領による軍事政権下の民主化闘争を実話に基づいて描いた映画。
 取り調べ中に死亡したソウル大学生朴鍾哲(パク・ジョンチョル)は、警察による拷問で死亡したことが明るみに出る。これを隠ぺいしようとする権力と民衆の闘いを描く映画。

 民主化闘争の共通体験や追体験が韓国民に訴えかけるものは強いのだろうと実感する。

南山の部長たち』(2019年)
 1979年に韓国の朴正煕(パク・チョンヒ)(1917年生)大統領が中央情報部部長金載圭(キム・ジェギュ)に暗殺された実話を基に映画化された。

マルモイ ことばあつめ』(2018年)
 日本統治下の朝鮮で自国の言語を守るべく抵抗した朝鮮の人々の姿を描く、史実ベースの作品。朝鮮語の使用が禁じられた1940年代の朝鮮語を残す活動を描いたもの。
 ユ・ヘジン(유 해진)の演技がよい。キム・パンスは読み書きができない。その彼がことばあつめの主宰者と対立しながらもその活動を支えて行く。狂言回しのような存在だが、演技にたけたユ・ヘジンだからこその役をやり遂げられたのだと思う。ユ・ヘジンは『弁護人』、『タクシー運転手 約束は海を越えて』、『1987、ある闘いの真実』でもわき役として光る。
映画「マルモイ ことばあつめ」ポスター

<まったくのフィクション映画>
JSA』(2000年)
 韓国と北朝鮮の境界線にある共同警備区域(JSA)での北朝鮮兵士殺害事件の顛末を描く。
 南北朝鮮の兵士がJSAひそかに親しくなるが、ひょんなことから南の兵士が北の兵士を殺害する事件が起きる。事実究明のための国際的捜査を描き、南北朝鮮の民族分断を印象付ける映画。

ブラザーフッド』(2004年)
 朝鮮戦争を舞台とし、徴兵されたと弟ジンソクを守るため兄ジンテもまた兵役を志願する兄弟を描いた映画。


トンマッコルへようこそ』(2005年)
 朝鮮戦争を舞台とした韓国軍兵士・国連軍(米軍)兵士、北朝鮮軍兵士の対立と村を救う共同作戦を描いたもの。民族の分断をシリアスだが、面白く描いている。
 設定は荒唐無稽としか言いようのないものだ。韓国軍兵士は、迷いながらも命令に従って民間人を殺害した将校(脱走兵)と部隊からはぐれた衛生兵。国連軍兵士は軍用機の墜落で負傷し、村人に助けられた。北朝鮮軍兵士は将校を含む敗残兵3人。村が国連軍の爆撃を受けることを知って、敵味方同士が協力して村を守るという展開になる。最後は国連軍兵士以外は爆撃によって死す。
映画「トンマッコルへようこそ」ポスター

光州5・18』(2007年)
 光州事件に取材したフィクション。「韓国近代史最大のタブーとされてきた“光州事件”を韓国映画史上初めて真正面から扱い、2007年に発表した衝撃の感動作」(Filmarks映画情報)といわれている。

密偵』(2016年)
 日本植民地下の1920年代、武装独立運動団体「義烈団」監視の命令を受けた日本警察所属の朝鮮人イ・ジョンチュルの苦悩を描く。
 主役ソン・ガンホの演技の上手さにひきかえ、上司である部長のヒガシを演じた鶴見辰吾の芝居の下手さに驚いた。


<つけたり>
 現代史ではないがヒットした作品に『バトルオーシャン海上決戦』(2014年)がある。
 豊臣秀吉が起こした丁酉の倭乱(慶長の役)での海洋戦で、わずか12隻の朝鮮水軍が330隻もの日本水軍に立ち向かったとされる「鳴梁海戦」を描いた戦争アクション。