于朦朧事件と「ガスライティング」論 ― 本当に注意すべきこと
2026年4月下旬、中国の俳優・歌手である于朦朧(ユーモンロー)の死をめぐるあるX投稿が話題になった。
投稿者は「こればっかりは陰謀論とかじゃなくてガチだと思う」と前置きし、于朦朧事件を「ガスライティングを行う組織」の具体例として挙げた。
于朦朧は2025年9月、北京市内のマンションから転落死した。公式発表では飲酒後の事故死とされ、事件性はないと結論づけられている。一方、ネット上では他殺や組織的な迫害を疑う声が根強く、さまざまな詳細な疑惑が広がっている。
※この記事を書くに至ったAIとの問答
https://x.com/i/grok/share/566e09959f504e028865486f8de9b1c2
この事件に対し、一部のネットユーザーは「当局が情報を統制し、公式の事故死という現実を世間に押しつけている」として、これを組織的なガスライティングの典型例だと主張している。
しかし、ここに大きな問題がある。
「ガスライティング」という言葉の誤用
本来のガスライティングとは、加害者が被害者の現実認識を意図的にゆがめ、「お前がおかしい」「そんな事実はなかった」「考えすぎだ」と信じ込ませ、心理的に支配・コントロールする行為を指す。
これは親密な関係(夫婦、恋人、家族など)で行われるケースが最も典型的だが、第三者を心理的に操り、被害者に対する攻撃や監視、情報操作を代行させる「フライングモンキー(flying monkeys)」と呼ばれる手口を用いる場合もある。
フライングモンキーの具体例としては、以下のようなものが挙げられる:
- 元配偶者や恋人が、共通の友人・家族・同僚に対して被害者を悪く言いふらし、「あいつは危ない」「おかしいことを言っている」「被害者ぶっている」と吹き込んで味方につけ、被害者への孤立や集団的な非難を強める
- ナルシシズム的な加害者がSNS上で被害者の悪評を広め、フォロワーや第三者に「正義の味方」として被害者を非難・攻撃・中傷させる
- 職場の上司が部下をガスライティングする際、他の社員に「この人は問題を抱えている」「信用できない」「仕事が遅い」と囁き、集団で被害者を孤立させたり、陰で嫌がらせを助長する
- 毒親が近親者や親戚に対して「この子は嘘つきだ」「感謝を知らない」と語り、家族全体で被害者(自分の子供)を責め立てるように仕向ける
- 加害者がカウンセラーや医師、警察など専門家に対しても巧みに被害者の「異常さ」を植え付け、支援を妨げる
これらの手口は、加害者本人が直接手を下さずとも、間接的に被害者の現実認識を揺さぶり、孤立感や無力感を強める強力な手段となる。
ただし、于朦朧事件で指摘されているのは、国家権力による大規模な情報統制・隠蔽・言論弾圧だ。具体的に、事件の詳細を十分に公開せず、ネット上の反対意見を大量削除し、疑問を呈する人を「デマ拡散者」として処罰するといった対応である。
これらは確かに不透明で問題のある手法ではあるが、ガスライティングの定義からかなり外れている。公権力による検閲や公式ナラティブの強制は、個人を狡猾に心理操作するものというより、情報空間そのものを支配する強権的な手法に近い性質を持つ。
つまり、この事件を「組織的なガスライティング」と呼ぶのは、言葉の誤用であり、拡大解釈だと言わざるを得ない。
ガスライティング被害者が特に注意すべき点
ここが最も大切なメッセージである。
本物のガスライティング被害者は、日々、自分の記憶や判断力、現実認識を少しずつ削られ、「自分がおかしいのかもしれない」と苦しんでいる。
そんな中で、「組織的なガスライティング」という言葉が安易に拡大解釈され、本来とは異なる現象(情報統制や言論弾圧など)にまで適用されてしまうと、非常に危険だ。
なぜなら:
- 本来のガスライティング被害者が、自分の体験を「ただの情報操作」や「陰謀論」と混同され、軽視される恐れがある
- 逆に、心理的虐待の深刻さが薄れ、「ガスライティング」という言葉そのものの意味が希薄化してしまう
- 被害者自身が問題の本質を見誤り、適切な理解や支援につなげにくくなる
ガスライティングの被害者は、特に言葉の正確さに敏感になる必要がある。
自分の苦しみを正しく言語化し、適切な支援を得るためにも、「ガスライティング」という言葉が安易に使われ、意味が広がりすぎていくことに対しては、注意しなければならない。
最後に
于朦朧事件は、公式発表の不透明さや情報統制の強さから、疑念を抱く人が多いのも理解できる。しかし、それを「ガスライティング」と呼ぶのは、言葉の本来の意味を歪めてしまう行為だ。
本物のガスライティング被害者にとって、これは他人事ではない。自分の体験を正確に理解し、誤った拡大解釈に巻き込まれないよう、言葉の意味をしっかり守っていくことが重要である。
真のガスライティングは、静かで狡猾で、個人を内側から蝕むものだ。それを、公権力の情報操作と同列に語ってしまうことは、被害者の痛みをぼやけさせることにもつながりかねない。