私は医療機器の製造部門にいるのですが
医療機器は人体に多くの影響を及ぼすため
安全性や品質など、細かな規制が設けられています。
その中で
ISOという国際規格をトレースして作られた日本の法律があります。
日本の医療機器メーカーは、その法律に従って事業を行わなければならないのです。
その法律は
ほぼほぼ国際規格の通りになっており、日本風に少しアレンジされたものになります。
英語で書かれたものを日本語に訳すときに、
日本の役所言葉にしなければならなかったり
国際規格の意図を汲みながら、
日本の品質水準だとしたらどうしても必要なプラスアルファの細かなものを
追加しているものになっています。
その日本風にアレンジされたものの中に
国際規格では「資源の提供」という項目があります。
これは、そのまま日本語に訳しても良いはずなのに
なぜか
日本の法律バージョンでは「資源の確保」と訳されているのです。
どちらも
資源(人員や設備や道具だったり、情報だったりするものを意味します)を
組織の中に取り入れる話なのですが、
取得する当事者が「提供」と「確保」では意味が違うように思っています。
「提供」では、その組織の上層部が行うのに対し
「確保」となると、上層部が確保するというよりは、
現場がトップに対して稟議を通すような形になるように思います。
国際的なスタンダードは、経営トップが資源を用意するのに対し
日本の法では、現場が必要な資源を確保することになります。
* * *
第二次世界大戦で、日本軍の最大の死因は、敵国兵に殺されたのではなく
餓死や病死と言われております。
日本軍は、兵站(物資の補給)の考えが足りていなかったのです。
今の文脈で言えば、幹部が「資源の提供」を行わず
「現場で確保しろ」ということになります。
* * *
ビジネスにおいて
日本では、トップがやることや方針を決めるけれど
どうやるか、物資はどうするか、は
「そんなことは現場で考えろ」という場面があると思います。
それと、日本軍の
現場で食料や薬を調達するのと
似ているように思います。
欧米ではとか、世界標準ではとか言うと
「出羽守」とかいう言葉によって揶揄されることもありますが
日本人が無意識に思考するクセを
他者と比較することによって客観的に認識し
良いものならそのままでも良いかもしれませんが
自らの位置を修正するのも必要と考えます。
でないと、独りよがりになったり、失われた30年になったりするので。
21世紀のグローバル社会に生きる日本において
国際規格に対して日本の法に読み替えるときに
資源のところだけ、日本軍の兵站のやり方を思わせるような記載方法を採用するのは
どうなんだろうと思います。
もちろん、法ができる過程で
業界団体とのやり取りがあることは分かっているので
一方的に国が悪いとは思っていなくて
そうであれば
企業の問題に降りてくるのですが
日本企業トップの現場丸投げ体質は
国際標準に合わず、
それが日本の生産性の足を引っ張っているようにも思いますので
構造的な問題ではありますが
徐々にでも改められたらと思います。
上層部の無策によって
食料がないために、戦うという目的を果たすことなく亡くなってしまった
先達の教訓を活かす為にも。
この時期だからこそ
念の為申し上げますが
戦争を推奨する意味で書いたのではありません。
言いたいのは
現場は上層部の意向の範囲内でしか動けず
だからこそ上層部の意思が曖昧だと
副作用として「忖度する」という日本文化が生まれたり
国全体として成長が止まったりしていることを嘆いているのです。
これらの原因を一つ一つ明らかにして
少しずつ変えていきたいと思っているのです。
事務所の別のフロアで
曖昧な指示の下に混乱した現場の叫び声を聞きながら…
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。
何か少しでもプラスになるようなものを見出していただければ幸いです。
今後とも宜しくお願いいたします。