声に出して言えないことって、たくさんあるよね。

わからないけどとても寂しいよ。

家族のありがたみが少しだけわかってきた。

今のままじゃ駄目だ。

見知らぬ土地に来て、心配してくれる人がいた。本当に嬉しかった。

まだ心配してくれる人がいる。なにかで恩返ししたい。

今のところの一番は、母親を安心させたい。

ありがとうと言いたい。

そのためにやるべきことを1つに決めて、努力して、結果を出さないと。

焦り、不安ばかり。

諦めたらすべてが終わる。

強くなりたい。

寝るよ、おやすみ。
とても楽しく過ごせる人。
年上で同性。
バカな話をしながら楽しんでいる。
本当に楽しいひとときだ。
黄色いカーネーションを母にプレゼントした。

甥っ子、姪っ子もプレゼントを持ってきた。

彼らと遊んだ。

肩車をしてお店までアイスクリームを買いに行った。三年前も同じように行ったことを思い出しながらだが甥っ子が成長してるのも重くて実感した。24キロになったらしい。

似てるな。俺と一緒。学校給食がうまくておかわりをし過ぎ、太りだす。そうならなければ良いが。

母親がまた食料をたくさん用意してくれた。本当にありがたい。

最近の話を母親に伝えた。

気になっていた管理栄養士が結婚していたこと、気の合うおじちゃんが株を少しだけ教えてくれたこと。

実家に帰ると感じることは、家族のありがたみ。温もり。母親、イチゴ、妹、甥っ子、姪っ子。いてくれるだけで心が救われる。

ありがとう。

声には出せないけれど、本当にありがとう。
ウンコ垂れ蔵です。
年をとったので早速自分を変えようと婚カツだと考え、声をかけようと思っていた女性が結婚していたことが判明した。その女性に直接話をしようと思っていたが優しい気の合うおじちゃんが俺とくっつけようとしてくれたのだが去年結婚したとのこと。
しゃーない。
年をとって立てた目標は、紳士になること。
もう少年のようなゴリラではいられないから、、、と思いながら隣で聞いていた俺はショックで言葉が出なかった。とりあえず優しいおじちゃん、ありがとう。すぐに株の話を実例をあげて教えてくれた。感謝の言葉しかない。

前進、前進!ちんちん、一直線!
へこたれていられない。鬱になっていられない。頑張るよ。褒めてもらえるまで。
母へ
直接は言えないけれど、ありがとうございます。
継いだ仕事を辞めてしまったがそれでも帰るとあたたかく迎えてくれ、帰りはたくさん作ってくれたおかずを用意してくれる。
今はもがいているけれど必ず親孝行したい。
自分を変えるために頑張るよ。

いちごと仲良く長生きして下さいな。

あと少しで39歳になるバカ息子より。
この年で母親の誕生日プレゼントを買うのに安いものしか買えない、低予算な自分が残念だ。

かっこ悪い。

これが現在の俺。

真摯に考えていかないとクソになる。

ヤバいね。
目標不達成。駄目だね。
理由は、練習不足。当たり前だね。

バイト先で誤ってミキサーのガラスを割ってしまった。
大きな音をたてて職場の人間が集まったが先ず言われたのが「『すいません』って言った?」と。故意ではないのは状況を判断すれば明らかなのだがここに書くのは面倒なので書かない。開き直っている訳でもない。ガラスを割った瞬間になにが割れたのかもわからなかったが音で理解し、反射的に『すみません。』と言ったのだが野次馬の馬みたいな顔した女が『すみません』といったのか?と周囲に聞いていたので怒りがこみ上げてきたがガラスを処分し業務をこなす方が先なので意識せずに自分のやるべきことを始めた。すると二十分くらいすると『主任に謝って来なさい。』と言われたので『この作業を終えたら謝りに行きます。』と、伝えた。レベルの低すぎる職場の人間。言われなくてもわかっている。申し訳ないと思いながら割ったガラスを処理している時もあのガラスは耐熱性があって良かったなどと追い討ちをかけられる。いつも仲良くしてる人には冗談で流してくれたがここの人間が如何に心が狭いのかがわかった。
業務時間を短縮して、その分を勉強に費やそう。決心がついた。
母親が初段取るために市の武道館へ一緒に連れて行かれ、パイプ椅子に座り見学。中学生同士の乱取で近くに投げられた選手の勢いが怖くて大泣きした記憶がある。
5歳からやらされる。
周りからおもちゃにされる。
父親が小学校の体育館を借りて、近所の子供たちを指導していたが忘れられて、泣いていたところを小学校の先生が見つけてくれ手をつなぎながら送ってもらった記憶がある。
試合デビュー戦。年長さんと闘い、何もできずに投げられた記憶がある。畳が痛かったのと寒かった記憶がある。
年長になり試合に出たが内容を覚えていないが負ける。父親におじいちゃん先生の集まりに連れて行かれて、そのおじいちゃん先生から小さなメダルをもらった記憶がある。
小学1年。小さな大会で二位になる。優勝した子には今でも勝てなく、でも仲良く話ができる友達。
給食で太り、夏の大会で三位になる。トロフィーがもらえたので頑張ってまたもらえるように続けようと思う。あまりにも急激に太ってしまったため、母親が担任の先生に給食のおかわりは一回までと連絡帳にお願いしてあった。
小学二年。夏の大会で三位。優勝した子に負けたが彼も二年連続優勝。
わんぱく相撲で三年生の部で三位、トロフィーをもらう。優勝した子も二年生(とにかくデカい)、去年の結婚式では親友代表として祝辞を。
秋。わんぱく相撲を優勝した親友が柔道を始めていた。私の勝手な想像で、相撲がやりたくて柔道やっている人間には負けられないと思い、準決勝で技ありと有効を3つ取られ、鼻血をだしながらも逆転勝ち。相手は初心者だから私が習ったばかりの技を彼が教わっているはずがない。この技で勝てるのではないかと鼻血を拭いている間に策略を練り、小内巻込から袈裟固が見事に決まった記憶がある。あれがなければ今の親友、親友家族との絆はない。
三年生。いろいろな大会でベスト8止まりでも楽しくて仕方がなかった記憶がある。
四年生。虫垂炎になる。わんぱく相撲には出場できて二位になる。またもや親友に負ける。
五年生。なかなか勝てなくなり辞めたいと言い出す。夏にあるパン屋のパンを食べたら食中毒になり大会を棄権しようとしたら、父親が親友が出場していなく良いところにいるから何が何でも連れてこいと言われ、試合をする度にトイレに駆け込み、二位になる。好評挨拶では決勝戦で俺がビビって負けたかのように言われたのが記憶にある。相手も小学四年生で身長170センチもある化物だったので仕方がないが三年生の時には私が判定で勝っていた。
六年生。キャプテンになったがよく父親に怒られた記憶がある。一度だけ柔道で周囲から止められるくらい怒られたがそれは勝負する前からやる気のない態度をとっていたからなので仕方がないと思う。

いまのところ回顧。

先生と会った。
柔道を通して、生き方を語り合った。
話すことで活力をいただいた。
楽しかった。
早く夢を実現し、もう一度柔道を教えたい。
その時は一人で。