母親が初段取るために市の武道館へ一緒に連れて行かれ、パイプ椅子に座り見学。中学生同士の乱取で近くに投げられた選手の勢いが怖くて大泣きした記憶がある。
5歳からやらされる。周りからおもちゃにされる。
父親が小学校の体育館を借りて、近所の子供たちを指導していたが忘れられて、泣いていたところを小学校の先生が見つけてくれ手をつなぎながら送ってもらった記憶がある。
試合デビュー戦。年長さんと闘い、何もできずに投げられた記憶がある。畳が痛かったのと寒かった記憶がある。
年長になり試合に出たが内容を覚えていないが負ける。父親におじいちゃん先生の集まりに連れて行かれて、そのおじいちゃん先生から小さなメダルをもらった記憶がある。
小学1年。小さな大会で二位になる。優勝した子には今でも勝てなく、でも仲良く話ができる友達。
給食で太り、夏の大会で三位になる。トロフィーがもらえたので頑張ってまたもらえるように続けようと思う。あまりにも急激に太ってしまったため、母親が担任の先生に給食のおかわりは一回までと連絡帳にお願いしてあった。
小学二年。夏の大会で三位。優勝した子に負けたが彼も二年連続優勝。
わんぱく相撲で三年生の部で三位、トロフィーをもらう。優勝した子も二年生(とにかくデカい)、去年の結婚式では親友代表として祝辞を。
秋。わんぱく相撲を優勝した親友が柔道を始めていた。私の勝手な想像で、相撲がやりたくて柔道やっている人間には負けられないと思い、準決勝で技ありと有効を3つ取られ、鼻血をだしながらも逆転勝ち。相手は初心者だから私が習ったばかりの技を彼が教わっているはずがない。この技で勝てるのではないかと鼻血を拭いている間に策略を練り、小内巻込から袈裟固が見事に決まった記憶がある。あれがなければ今の親友、親友家族との絆はない。
三年生。いろいろな大会でベスト8止まりでも楽しくて仕方がなかった記憶がある。
四年生。虫垂炎になる。わんぱく相撲には出場できて二位になる。またもや親友に負ける。
五年生。なかなか勝てなくなり辞めたいと言い出す。夏にあるパン屋のパンを食べたら食中毒になり大会を棄権しようとしたら、父親が親友が出場していなく良いところにいるから何が何でも連れてこいと言われ、試合をする度にトイレに駆け込み、二位になる。好評挨拶では決勝戦で俺がビビって負けたかのように言われたのが記憶にある。相手も小学四年生で身長170センチもある化物だったので仕方がないが三年生の時には私が判定で勝っていた。
六年生。キャプテンになったがよく父親に怒られた記憶がある。一度だけ柔道で周囲から止められるくらい怒られたがそれは勝負する前からやる気のない態度をとっていたからなので仕方がないと思う。
いまのところ回顧。