
フォーラムまで時間があったので、書店により本を買い込み、マックで読書。少々休憩を挟み、札幌地下街オーロラタウンで続きを読んで、地上に出たら外はたそがれ時。この街っていいなあと思えた瞬間。
『森達也 フォーラムin時計台』 その2
前回では、1995年オウム以降、明らかに社会が変わった。人々は言い知れぬ不安と恐怖を覚えながら日々を暮らしている。社会の集団化、武装化が進行している。と書いた。
いつの時代も戦争と言う大量殺人は、愛する人を守りたい、許すことのできない悪に対する正義の戦いなどを大義として行なわれる。反対に真の悪意や憎しみからは、それほど多くの人は殺せない。せいぜい、その人の周辺にいる身近範囲である。
再び、「正しい」ことの怖さを感じる。
もうひとつのキーワードは、「忖度」(そんたく)である。忖度という共同幻想である。
鈴木宗男、佐藤優らの主張するいわゆる「国策捜査」、NHKの番組に対する安倍晋三、中川昭一の介入などは、そこにどこからか明確な指示や圧力があったかどうかというよりも、検察やNHKの幹部がある種忖度の結果なのであろう。
森氏に「放送禁止歌」という著作があるが、放送禁止ということも、特に明確なルールが存在するわけでなく、業界における共同幻想=暗黙裡の自主規制の結果なのである。1995以降は、マスコミ報道において、この自らの規制が増えているという。
また、近年のマスコミ報道の特徴を言えば、わかりやすさを求められるため、論理の単純化が極端に行なわれている。また、断定口調も最近の特徴である。現実は、複雑で混沌としていて、それをありのまま伝えることには大変な困難が伴うということだ。
最後に、悪い情況に置かれているマスコミ業界の中でも、良質な作品を作ろう、真実を伝えようとがんばっている人がいる。もし、いい作品と感じたら、是非「良かった」と誉めてほしい。苦情ばかりが寄せられる中、評価するという声は、現場を励まし、情況を変える力になる。
さて、講演の後半に、中島岳志・北海道大准教授が加わった。中島氏の話を初めて聞いたが、1975年生まれの若い方だが、興味の置き所、論理の展開など感性が合うというか、大変面白い方で、ちょっと、追っかけたくなりました。