
PCトラブルで途中で文章が途中で中断してしまいました。(9月24日)
25,26日は、夜も営業でした。本日(27日)、続きを書きます。
昨夜(23日)、22:00~23:00 NHK教育テレビ ETV特集「ごたごた荘の人々」を観ました。東京都内の認可外共同保育所をテーマにしたドキュメンタリーでした。
そんなこともあり、『変わる保育園 量から質の時代へ』(普光院亜紀著 岩波ブックレットNo.709 2007年刊)を早速読みました。
保育園の役割が、共働きなどで保育に欠ける子どもの生活の場のみならず、家庭で子育てをしている親子のためであったり、幼稚園との垣根も低くなり、教育的な機能も求められているなど、大きく変わってきています。
また、保育園を取り巻く状況も、定員や保育士の雇用形態の規制緩和、公立保育園に対する国の負担金廃止と一般財源化、民営化、認定こども園制度の創設など変化の真っ只中にあります。
共同保育所「ごたごた荘」は、認可保育園に比べて、施設もボロボロのプレハブ、敷地も狭く、運営財源も認可保育所に比べ少なく、保育環境は劣悪。
しかし、その中で、保育者たちが情熱を持って保育を実践していました。
ある日、保育園のこども達の間で小さな出来事が起こったのです。年長のこども達が、一人の年下のこどもに向かって「デブッチョ」と言う様になったのです。
その事が、保護者からの連絡帳に書いてあり、それを巡って保護者、保育者の真剣な、徹底的な話し合いが持たれます。どうしてそのような事態になったのか。こどもたちには、悪意は無い。こども達のことに大人が介入すべきか。介入するとしたらどのタイミングで、どんな方法で。
結果的には、ある保育者が指人形をこども達に見せて、その中に「ヤセッポチ」を登場させると、こども達の間から、「ヤセッポチ」と言ったらいけないよね、それなら「デブッチョ」もいけないよね、といった自然の気付きが生じたのです。
一見、天下国家の行方には全く関係ないような議論ですが、保護者、保育者が何日も徹底的な議論を尽くすその姿に、私は、忘れていた「直接民主主義」の理想を感じました。(方針は、全員で納得するまでの徹底的な議論を経て決めよう。)
というのは、その日、福田新総裁が選出され、別のチャンネルでは、政治家や評論家たちがまさに天下国家を論じていて、その言葉の空虚さを普段以上に感じていたからであろうか。