
ホワイトハウスではありません。中島公園にある豊平館です。塗り替えた青色がケバ過ぎです。
昨夜は、営業でした。本日は、午後から営業、夜は町内会のお祭りです。明日は、早朝から終日営業の予定。走りこみも、本も読めません。これで、会社は儲かっているのでしょうか。
早朝は、雷雨でした。
『ホワイトハウスから徒歩5分』 その2
慌ただしい日々に追われ、つい昨日のことも忘れてしまう日常です。4,5年前のことならなおさらです。(以下、金平氏の日記からの引用を中心に)
日記は、2002年11月から始まる。前年(2001年)の9.11は誰しも記憶しているが、その後米軍はタリバンの首謀者ビンラディンを捕捉するためアフガンに侵攻する。
しかし、問題は徐々にすりかえられ、大量破壊兵器を保有し、タリバンを支援しているとされるイラクが攻撃の対象となっていく。
言語学者のチョムスキーは、「偽善者とは、他人に課している基準を、自分には課さない人間のことだ。」と述べる。チョムスキーは、米国では狂人扱いだそうだ。
「敗北を抱きしめて」の著者ジョン・ダワーMIT教授(日本近現代史)は、ワークショップ『9.11と12.7』において、「ジハード」と「聖戦」、「自爆攻撃」と「カミカゼ」、「GOD BLESS AMERICA」と「神州日本」、「グローバリズム」と「大東亜共栄圏」、「AXIS OF EVIL」と「鬼畜米英」を対比している。
これは、米国の日本に対する認識の一端を示している。
明らかに、21世紀初頭の段階で、世界は20世紀よりも「悪くなっている」。
2002年12月 戦争が近づいてきている。
「マッチョなアメリカ人たちの大部分から見ると、北朝鮮人も韓国人も、中国人も、日本人も、ほぼ同じ範疇だぜ。」
この感覚は、私自身もカナダで、子どもが書いた日本地図が、朝鮮半島、台湾、日本の位置関係がグチャグチャで、また、彼らには東アジア民族の多分外見からは人種的な区別はつかないのだろうと思えた記憶がある。
2003年1月 年が明ける。
「クリントン政権時代、ヨンビョンの核施設への空爆が検討され、その被害影響が推計された事実がある。かの原子炉には、隔壁が無く、大量の放射能が大気中に放出されることになるという。風向きの想定では、北海道を直撃する計算もあり得た。」
この手の情報は、かなり後になってから公になる。
2003年2月 スペースシャトル「コロンビア」空中爆発
2003年3月 19日ついに、イラクに対する武力攻撃開始。
2003年4月 首都バクダット陥落
2003年5月 22日日米首脳会談(ブッシュ、小泉)
同行の安倍官房副長官は、「きょときょとしていて、緊張しているようであまり格好がいいとは言えなかった。」
2003年6月 G8エビアン(フランス)サミット
「去年の年末、「紅白歌合戦」というのを見たら、ほとんど北朝鮮の番組を見ているような錯覚に陥った。それは、出演者の衣装の趣味・色遣いとか演出のケバさとか、わざとらしい笑い、ひきつった笑顔とか、そういう空気に漂う極東アジア感覚が北朝鮮に見えるのだった。」
2003年7月 フセインの息子、ウダイ、クサイが米軍に射殺される。(続く予定)