昼食の後、丸谷君は宿舎に戻り、公太郎は大学の周囲を散歩した。埃っぽい街路には、果物や「糖葫蘆(タンフールー)」と呼ばれるサンザシ飴を売る声が響き、警笛を鳴らしながら車が通り過ぎていく。 

 少し歩くと、大きな毛沢東像のある中山広場に出た。傍に、かつの≪ヤマトホテル≫が、遼寧賓館という名前で残っている。その広場から、往時の≪浪速通り≫、現在の中山路が、赤レンガの「沈阳站(瀋陽駅)」まで続いている。1910年に満鉄が造った奉天駅≫である。雑沓の中から、日本語が聞こえてきた。

 

       

 

「あそこが≪満洲医大≫だ。オレ達、あそこで生まれたんだ」

「まあ~、ホント、懐かしいわねぇ~」

 高齢者の一行で、当地で生まれ、日本に引き揚げた人々だ。60年前には、多くの日本人がこの街に住んでいたのだ。≪満洲医大≫は現在の中国医大である。公太郎は、街頭の売店で「中南海」を一つ買った。マイルドセブンに似た煙草で、ここでは4元、約70円で買える。 

          (『国よ何処へ‐平成の日本語学校物語‐』第8章‐2)

 

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