無事転院を終えた母。
むーくんを塾へ送ったあと、
転院先の病院に向かおうとしていた私に父から電話が…
「お母さんが疲れてるから来ないでと言ってる。」
「え?じゃあ私は行かない方が良いの?」
「いや、お父さんは来て欲しいと思ってる。出来る限りお母さんには毎日会ってほしいし、お父さんも交代してほしいから。」
「結局行って良いの?ダメなの?」
「うーん…来て。元々来る予定だったし。」
「わかった!今から家を出るね。」
やはり父は常に正しい選択をします。
この選択が後に大きな意味を持つのです。
病院に到着し、病室に入り、父と交代しました。
父は一度家に帰り、シャワーを浴びて戻ってくるとのことで、実家へ帰って行きました。
そして私は母に、むーくんが鶯谷中学の特待に受かったことを伝えました…
その時です!
母が急に苦しみだしました。
その苦しそうな感じは、危篤の時と少し似ていました。
私は、母に
「苦しいの?看護師さん呼ぶ?」
「呼んで…」
「わかった!」
急いで看護師さんを呼んだ後、父にも連絡をしましたが、お風呂に入っていて電話に出ません…
焦る私…
ただ近くにいることしか出来ませんでした。
父のいない時に何かあったら…
心配とこわい気持ちと不安な気持ちが入り交じっていました。
その後、父から折り返しの電話があり、
父が病院に戻ってきてくれました。
私は、むーくんの塾の迎えの時間ギリギリまで病室で母と父と過ごしました。
私が病院を出る頃には少し落ち着いていた母。
父は、「またしばらく病室に泊まる生活だな~」と言っていました。
私は病院を出た後、弟にLINEを送りました。
※弟は現在遠方に住んでおり、年末年始休暇はずっと実家や病院に居てくれましたが、この時はもう自宅へ戻っていました。
【お母さんが無事転院したよ。でも苦しそうで、声もあまり出なくなっていて辛そうだった。次、いつ来られる?今週の土曜日戻ってこられそう?来られそうなら出来れば今週お母さんに会ってほしいかも】
弟は、1/13の土曜日に来てくれることになりました。
そして翌日の1/11朝。
むーくんパパがたまたまお休みで、家に3人でいた時に父から電話がかかってきました。
私は洗濯物を干していて、むーくんパパは一人で出掛けようと準備をしていました。
「お母さんの意識レベルが下がってるから今すぐ来て。」
私は言葉を失いました…
むーくんパパに、
「今日はいつ帰ってこられるかわからないから出掛けないでほしい。塾の送迎に私が間に合わなくてお願いすることになるかもしれない。」
と言うと、
「は?俺今日ずっと家?飯は?俺が塾?そもそも塾って何時から何時?」
そうです
むーくんパパは家事も塾の送迎も慣れていません
「間に合いそうなら私が行くからまた連絡する!」
と言って、
私が病院へかけつけると…
つづく